雑感

沖縄に越して来てしばらくの間、県内のいろんな民間の学校を調べていた。フリースクールのようなところが思っていた以上にたくさんあることにビックリしたのだけど、反面、歴史を遡って調べてみても民族学校のようなものがないことに気が付いた。明治以降の学校は、いわゆる日本の植民地下の学校としての色合いが強く(もちろん植民地という立場ではなかったが)、終戦後はアメリカ統治下からの脱却を目指すという最優先課題を踏まえた本土復帰運動が学校にも色濃く見られていたような。どちらも日本本土の文化をベースにしたものであって、沖縄独自の文化とは違ったものだった。

なので、このブログでも書いたことがあるように「琉球民族学校があってもいいのになぁ」と思っていたのだけど、最近県内のフリースクールなどの集まりでこの様な動きが始まっていることを知った。ただ、今となってはぼくはちょっと慎重に考えるようになりつつある。アイデンティティーを構築するはずのものが、逆に沖縄の人達を二分するような結果にならない手法をとる必要があると思うし、このようなことを意識しなければ基地問題などで既に存在している溝をさらに深いものにしかねないと思うから。今沖縄を二分させている問題は、この国の政府が分断を煽りに煽っているような面がある。まずは、そこをなんとかしないとこの煽りに更に乗ってしまう懸念がぬぐえないと思う。

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灰谷健次郎さんの『わたしの出会った子どもたち』という本を初めて読んだのは、中学生の時だった。当時教室においてあったのを何の気なしに手に取ったのだけど、その後購入して手元に置くようになってからは何度も読み返した。林竹二さんを調べるようになったのもこの本だし、この本を元に授業を作ったりもした。ぼくにとっては様々な点で出発点として存在していた本だと思う。

灰谷さんの本を読んで沖縄に興味を持つようになったという同世代には何人も出会ったこともあるのだけど、この本にも沖縄が一つ大きなトピックとして出てくる。キーワードとして挙げられているのが“肝苦りさ(ちむぐりさ)”という方言だった。

古くからの沖縄の言葉には、“かわいそう”といった同情的な表現はない。沖縄では他人の苦しみにたいして、それを分かち合うニュアンスを持つ「肝苦りさ」(胸がいたい)という表現をつかう。
(『わたしの出会った子どもたち』灰谷健次郎著 角川文庫)

いつしか灰谷さんの本からは遠ざかってしまったけれど、いまだに印象的に残っているエピソードの一つ。

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最近はいろいろと大きなニュースが続いていて、しばらく嫌になっていた時事を注意して追うようにしている。

オリンピックの前に書いたブログでは、朝鮮半島の平和的前進を期待するようなことを書いたけれど、期待していた以上の流れになっている。この国ではなかなか好意的な意見も少ないし、諸外国に対して“気に入らないからみんなで仲間外れにしよう”というような発言も目立っていたけれど、韓国が東奔西走している中で具体的な進展案をそのスピード感と共に目の当たりにするにつれ、何が主題なのかが改めて明確になってきた気がする。ここまででも、結果云々関係なく大きな一歩だと思う。更なる期待をしてしまうけれど、静かに見守ろうと思う。

(このブログを書いている間のニュース→朝鮮戦争の終戦宣言も議題に=南北、米朝会談で韓国高官 ここまでの文言として進むとは全く予想していなかったので感嘆する)

それにしても、米朝の間に立つと言っている一つの国がスウェーデンと聞いて、松本清張の『球形の荒野』を思い出しながら、世界は第二次世界大戦の延長で歩んでいることを改めて感じた。そうなると、日本の立ち振舞いもまたその延長で見られているんだろうな。。

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この国も大きく動き出している。「話し合うべき大事なことが他にあるだろう」という意見も珍しくないけど、渦中の人達がその大事なことをそっちのけで行ってきたことが問題になっているのだから、この指摘は当たらないと思う。公文書改ざんなんて、偽札を刷っているくらい全方向からの信用を失う問題。いつの間にかそんな国になってしまったことに愕然とするけれど、事実が表に出てきただけ救いがあるか。

とにかく、正念場。

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放課後教室の子が、

「えー、チムいー」と言っていたので、
「ん?チムい?何それ??」
「チムいはチムいだよ。例えば…」と、説明してくれた内容はまさに“肝苦りさ”だった。

“肝苦りさ”を沖縄に来て初めて耳にしたなぁというのと、世代によって形は変わっていくけど受け継がれていくものなんだなぁという思いとで胸がいっぱいになった。