放課後教室の一コマ~夫が家事を手伝うとは

放課後教室では、高校生と英文を読んでいる。この前は、女性が家庭から働きに出るために、社会制度の充実そして夫の協力が必要という内容の英文だった。

「まぁ、でもこの文章もあくまで夫は“妻の家事を手伝う”という立場だからね。ジェンダーの話としては少し遅れているんだよ」
「あ、ジェンダーって学校でやったよ。LGBTのことでしょ?」
「ジェンダーって、別にイコールLGBTの話って訳じゃないけどね」
「え?そうなの??」
「そうなのって…あれ?????」

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子どもの保育園の発表会に行ったことがある。小さい子たちが一生懸命に出し物をしている姿はとても微笑ましかったし、ぼくも自分の子どもの姿をカメラ片手にひたすら追った。

ただ、一つ気になる点があったのは、男の子の出し物、女の子の出し物と分けられていたこと。男の子は、ツッパリだったり空手だったりと“強い”とか“やんちゃ”のイメージの出し物、女の子はヒラヒラの服だったりお化粧したりで“かわいい”とか“おしとやか”というイメージの出し物が続いたのでした。

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生物学的な性別を“sex”とするのに対して、社会的・文化的に作られる性別が“gender”と説明しながら、

「“男だから…”とか“女だから…”とかって耳にすることあるでしょ?なんか役割というかイメージというか」
「まぁ、ある」
「今読んだ英文も基本的には“女性が家事をする”っていうのが大前提になっているよね。その上で女性が働いて活躍するためには家事において夫の助けが必要だ、みたいに」
「あぁ、家事は一緒にやるっていうのじゃないってことね」

これは家庭における解りやすい例だけど、家から一歩出ても存在する“男性だから”や“女性だから”ってどんなものがあるかな?そして、それって改めてよくよく考えてみて正当なものなのかな??

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家庭や社会における男女の役割だけではなくて、女性を取り巻く環境についても話が広がる。

「最近では某医大の入試で男性の受験者が優遇されていたことなんてこともあったでしょ?」
「あ、それ知ってる」
「他にも例えば、料理の世界だと女性は体調に波があるから調理に向かないなんて本気で言う人もいるんだよ。家ではご飯作らせているのにね」

生活しているのがそんな社会だと、女性自身もその様な視点に影響されて、「例えば女のくせに生意気だとか、そんなの女性だからできなくていいと言われる社会にいると、女性が自分の実力を出さないようにわざと失敗したりすることもあって、そういうの心理学では“成功回避”って言われてるんだよ。昔から世界にあるって言ったらあることなんだね」

と、あれもこれも話が出てきて枚挙に暇がない。

そんな風に見てくると、「女性をサポートする制度はたくさんあるのに男性対象の物は少ない、男性差別だ!」という人に、「社会がそもそも男性をサポートする構造になっているんだから必要ない」というような答えをしていた某教授の言葉には深くうなずく。

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昼間の職場は周りがパートの女性がほとんどなのだけど、DVの話が珍しくないことにビックリした。その場所でDVの話が珍しくないことが何に起因するのかは俄かには分からないけれど、さらにビックリしたのは「ほら、でも怒らせるような言い方しちゃうからよ」なんていうアドヴァイス(?)を女性同士でしていることだった。ぼくからすると、DV夫の言い分(?)を代弁するのが女性だったのだ。

「いや、それはダメでしょ。言い方がどうこうとかじゃないよ」と言うも、
「テシマさんは内地の人だしイイヒトだから。私たちは男を見る目がないから仕方ないかねぇ」なんて言われておしまいだった。

こういうやり取りだけに限らず、老若男女問わず“男性はわがままで癇癪持ちなもの…”というのが共通の認識なのかなと感じたりする場面が少なくなかったり。。。

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保育園での出し物を見ながら、いろんなことが頭をよぎった。

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「だから、ジェンダーっていうのは、なんというか社会基盤の話なんだよ。そこからフリーになって皆が自分らしく生きようっていう。そういう話があってその中に、さっき言っていたLGBTのことも関係してくるんだね」

男性が社会において女性が差別されていることに気付けていないけれど、差別されている側の女性は気付いている。アンテナの感度が違う。同じように、LGBTについても他の人達が当たり前と思っていることに対するアンテナの感度は強い。というか、強くならざるを得ない。これは、マイノリティを取り囲む様々な差別について似通っているであろうこと。

「そういう状況だと、多くの人が当たり前に思っている自分らしく生きるっていうこと自体が、時に命懸けになることすらあるんだよ」

誰かにとって命懸けにならざるを得ない仕組みになっている社会で、自分だけは影響を受けないで生きるっていうのはとても難しい。そういう社会を是正していくためにはどうしたらいいのか。まずは、知ること。それも正しく知ること。例えば、ジェンダーっていうのはLGBTのことと誤認してしまう(トランスジェンダーという言葉とゴッチャになってたのかな?)と、「自分には全く関係のない話」と思ってしまうかもしれない。学校で取り上げないよりはマシなのかもしれないけれど、これからの社会をどの様に創っていくのかという大きなテーマなゆえに、少し丁寧に話を進めてくれてもいいのかなと思ったのでした。

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保育園のアンケートでは、発表会の感想としてジェンダーについての考察を加味できないものかとそれとなく書いておいた。例えば空手の出し物をやりたい女の子がいてもいいんじゃないかなと思いながら。。