お知らせと雑感

今年は涼しくなるのが早い気が。過ごしやすくなるのは嬉しいけれど、少し名残惜しい陽気です。

9月最終日の今日は
「夏、あっという間に終わっちゃったね」と言えば、
「だからよねー。もう今年終わっちゃうよ。コロナのせいで何もできないで、ただ年を取っただけだよ」なんて若者に言われています。。

コーラルは明日10月1日~9日まで臨時休業となります。メールなどの返信は遅くなりますのでご了承ください。お急ぎの方はコーラルの電話までご連絡ください。

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沖縄に来る前はいわゆる公務員の立場にいたのだけど、公務員と言っても常勤と非常勤とはまた立場がだいぶ違って、ぼくはフリースクールを運営する傍ら後者の非常勤の公務員だった。政治を語る中で「公務員を減らせ」みたいなことを言う人も珍しくないけど、公務員を減らしたところで実際の業務量が減るわけではない。そこで必要な労働力として安価で不安定な立場の非常勤公務員がどんどん増やされていって“官製ワーキングプア”なんて言われる始末だった。(多分、今も。)

ぼくの働いていた部署はぼくが入庁した当時は自分の親の世代の人しかいなくて、部署の大部分を占める非常勤職員全員が労働組合に加入していた。「非常勤は不安定な立場だから」というのも共通の理解で、労働環境・労働条件に関する様々な交渉というのは労働組合を通して行うので、労働組合加入はごくごく自然なことではあった。

それが、ぼくより年下の人が同じ職場に来るようになると一変した。組合を勧めると「それって何かメリットがあるんですか」というのが決まり文句で、組合に入ると順番に担当の当番が回ってきて会合に出席しなければいけないというようなデメリットの方が圧倒的に大きく感じるようだった。そして、その裏には「どうせ何も変わらない」という大前提があったのだと思う。

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韓国の『明日へ』という映画を観た。スーパーで働く人たちが不当解雇に抗議して労働組合を結成するという内容なのだけど、これが実話に基づいているというのが驚愕だった。映画の中に出てくる企業の体質はどこかで聞いたことがあるな…というくらい身近な感じなんだけど、自分たちで自分たちの仕事を守るという“行動”については、とても遠い社会のことに感じてしまった。この国でも少し前に『蟹工船』が流行ったけど、あくまで小説の中の話なのだろう。

ちなみに、映画そのものとして面白かったけど、最後の日本語訳は少し違うかな?韓国語はほとんどわからないんだけど、唯一解るような場面でそんな風に思いました。あそこが肝なのに…と少し残念。

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沖縄に来る直前、勤務している部署の非常勤職員の業務内容が変わる(実質負担が増える)というお達しが来て、組合に加入していようがいまいが関係なく結局は組合を通して交渉することになった。交渉の場につくのは部署は違えど同じ職場の人同士(お達しはもっと上から降りてくる)なのでエレベーターで鉢合わせした際には「お手柔らかにしてくださいよ」なんて言われたりした。向こうは向こうでこちらに要求を飲ませるのが与えられた仕事なので板挟みで辛いのは分かるのだけど「いやぁ、あはは」と返事をしておいた。

ぼくは沖縄に引っ越すことは決まっていたので言いたいことだけ言って(そして言われて)退職し、この交渉の結末は見てはいないのだけど、噂ではまるく収まったとかなんとか。

一生懸命している仕事ならば、それを守るのもまた自分。だから、時には降って来た火の粉は振り払わないといけないこともあるんだと思っています。

最近のこと

中学一年生の時に、中国からの転校生がいた。年齢はぼく達より上だったはず。日本語でやり取りはできたけれど、休み時間に読んでいる本はやっぱり中国語で書かれていた。授業も一緒に受けていたし、席が近かった時にはちょこちょこ話もして中国語の本のことも教えてくれた。今思えば授業は大丈夫だったのかなと思うのだけど、ちょっと変わり者扱いされていた社会の先生だけは、板書の漢字の上にせっせと読み仮名を振っていたな。

二年生以降は違うクラスだったので接点はなかったのだけど、三年生の時にたまたま通った下駄箱で、彼女が上履きに水を入れられているのを担任の先生と掃除していたのを見かけたのが最後の記憶。

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岐阜県可児市で工場で働く親を持つ外国籍の子どもを学校に受け入れるドキュメントを見た。日本語も十分にできないのに日本の学校の教室にいなければならなくなった子の様子というのは何ともズキッとした。

外国籍の子だけのクラスを作って日本語と数学、英語を勉強するように促したりと学校側の努力も取り上げられていた。普段のクラスでは見られなかった緊張感の解けた表情が、そのクラスの中では見られた。けど、学校の中で外国籍の子どもだけのコミュニティーを作ることが良いのか、はたまた日本の子どもたちの間にポツンと置かれている状況が良いのか…どのような対処が一番良いのか正直わからなかった。ドキュメントの中では、クラスを行き来させることで“日本の学校”に慣れさせていくという感じだったけれど、それも休みがちになる子に登校を促すための苦肉の策だったような。中学生という年齢もあるのかもしれないけれど、本当に難しい話だった。

ただ、外国籍の子どもも可能ならば高校に進学して勉強を続けたいと思っていることはハッキリしていた。毎日の“日本の学校”に馴染むことを目標にするよりは、学力と進路に力点を置き、おそらくは日本で暮らしていくであろう将来を念頭に置き、道筋を立てて考えていけるサポートが今ある中ではベターなのかなと思った。

ドキュメントの中では本人の頑張りもあって高校には合格したけど、このコロナの影響で工場で働く親の仕事がなくなり、入学時の制服購入の費用もないからせっかく合格したのに進学を諦めるという場面もあった。入学費用のまとまった金額は支援団体が何とかする…となったけど、ホッとした子どもの横で何とも不安そうな親の表情が辛かった。

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映画『上を向いて歩こう』を観た。鑑別所を逃げ出した子が、社会の中で居場所を探していく話だった。誰からも認められない、必要とされない、もしくは排除されるというのは将来を奪い、自暴自棄を起こさせるということが常に話の根底に流れていた。

そういう不安定さが社会にありつつも、居場所に出会えれば衣食住には困らないし、慎ましい生活ならば何とか手にしていけるものとして存在するのが“あの時代”だったのかなぁと、今日の状況と比べながら思う。

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放課後教室。

辞書を片手に読んでいるのは、テニスの大坂なおみ選手の英文。

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可児市のドキュメンタリーでは、数十年前に中学校が外国籍の生徒に積極的に関わるきっかけになった男性が出ていた。中学校に行っても外国人ということでいじめられていて、素行もどんどん悪くなっていったようだ。それでも「お母さんが頑張ってたから」と当時を語り、その横でお母さんが涙を流す姿は何とも居た堪れなかった。

日本で育った子もたくさんいて、その中には日本語しか話せない子もたくさんいる。だけど、外国籍だからという制度上の不安定さ、「外国人だから」という周囲の目が引き起こす精神的な不安定さが存在する。本来ならば全ての子どもが持てるべき将来への展望を、先の見えないトンネルの中で探させてしまっているのは、日本で生活していく選択肢を“消極的なもの”にしてしまう状況と繋がっているのだろう。そして、その状況を作っているのは子どもたちではなくて、同じ国に住んでいる“ふつうの”日本人なんだと思う。

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映画『上を向いて歩こう』の、高橋英樹、吉永小百合の眩しさと言ったらもう半端じゃなかったです。途中に何があっても最後に『上を向いて歩こう』が流れれば、もうそれで全て良しな映画でした。