最近のこと

小学生の時、母に連れられて北海道を一周したことがあった。

最後に泊まった札幌で、ぼくがどうしても見たかったのがクラーク博士の像だった。北海道大学の構内を見物しながら「クラーク博士の像はどこにありますか?」と母が学生に聞いていたものの、「???」という反応でようやくたどり着いたのはキャンパス内にある胸像だったりして「これじゃない…」と。

「やっぱり近すぎると行かないものなのかな…。ほら、入間の市民会館にある誰かの銅像だって、住んでたらよくわからないもんね」と地元にある誰かの銅像を思い浮かべながら母は呟いていた。

(有名なクラーク博士像は全然違うところにあることが判明して、無事記念撮影をして帰ってきました)

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夜明け前にふと目が覚めてスマホを開いたら、首里城が火災にあっている映像が流れてた。その時点で既に手が付けられないような燃え方で、寝ぼけ眼にはあまりに強烈な映像だった。

職場に行けば、皆その話題で持ちきりだったけど、
「あぁ、行っておけばよかった…」という地元の人が一人二人じゃなくて、県外からの移住者同士で目を見合わせたり。県外出身者にとっては旅行で来ていた頃はもちろん、移住後も県外からお客さんが来ればとりあえず観に行ってみようと案内する場所だったから、一回も行ったのことないの!?と火事とは違った衝撃が。

けど、首里城からそう遠くないコーラルのお客さんも「行ったことないよ。元々違ったんだし(戦後はあの場所に琉球大学があった)」と言っていたので、ある年齢層の人からすると新しすぎてちょっと気恥ずかしいのかもと感じたなと思い出したりしました。

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再度復元するにも膨大な時間がかかるようだし、そもそもこれからどうするのかまだしっかりとは決まっていないので、同世代の人とは「うちらが生きている間にはもう見られないだろうね」なんて言っています。そんな中、募金箱をあちこちで見かけるようになっている反面、もう公園とかにしてもいいんじゃないという声も少なからず聞こえてきたりと、少し時間がたって熱が冷めていくのと同時にいろんな意見が出てきています。

何かをシンボルにして人々の意識を集めるということに対して個人的には慎重になってしまうのだけど、これに当てはまらない唯一のことと思っている“自然の存在”に近いものが首里城にはあるのかな。あの風景の中にあったと皆が一緒に姿かたちを思い浮かべられるということは、やっぱり再建したほうがいいんだろうと思っています。

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