あれこれ&土曜オープン教室を始めました

数年前にテレビに流れていたCMで、とても気になったのものがある。それは、沖縄県内の無料求人誌のCMで、土木作業員風の服装をしたチンピラ風貌の4人がその求人誌を手に取っていたところ、「字、読めるの?」みたいなことを言われるというような内容だった。

ブラックユーモアなどではなくただただ特定の社会層を馬鹿にした視点に思えて「こんなのクレームが来るんじゃないの?」と思っていたのだけど、予想とは正反対に気が付けばシリーズ化されていたのでした。

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沖縄に来て6年。誰も知らない土地での生活を始めてから、いろんな人とも知り合うことができたし、楽しく過ごすことができている。ただ、そんな中で気になったことの一つは社会層がはっきりと分かれていることで、それが世代を超えて受け継がれていること。少し前には県内でも子どもの貧困がクローズアップされ、子ども食堂の活動などが話題になったけれど、支援する側と支援される側がくっきりと分かれていて、個人的には上述の社会層の存在を強く感じるきっかけにもなってしまった。そして実際にいろんな世代の人と一緒に働く職場に身を置いて、若いうちから既に存在する個人の能力とは全く関係のない部分での格差を肌で感じたのでした。

この様なことは沖縄に限った話ではないとは思う。そして、もちろん支援活動の意義自体を否定するつもりはない。けど、活動の中身・質によってはその社会層をさらに固定しかねないという気もしている。支援活動をする家庭(支援活動を行うだけの余裕がある家庭と言ってもいい)の子はそれを受け継ぎ、それを利用する家庭の子は…といったように。

例えば、無料で子どもを集めて学習指導をしている場所がある。けど、その学習指導の内容が漢字練習と計算が主だったりする。漢字練習と計算ももちろん必要だとは思うけど、それを学習の中心に設定してしまうことには疑問が残る。それこそ、「字、読めるの?」に類似した根強い“何か”を感じ取ってしまうのはぼくだけなんだろうか。

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「将来の夢、何かある?」
医者、コック、はたまたお金持ちにお父さん…。

「けど、ダメって言われたら?」
「ダメって、なんで?」
「なんでって、ダメって決まってるから」
「何それ!」

「自分の仕事を選ぼうと思っても選べなかった時代もあったんだよ」
昔、職業選択の自由に世襲や差別の話を絡めた授業をしたときの子どもの反応は、“信じられない!”そのものだった。

けど、本人の意思ではなく様々な条件で勉強することから遠ざかる子どもが少なくない今日、あの授業での“信じられない!”と思えた子どもの感性は長い歴史が産んだ尊いものなんだと大人が再確認しなければいけなくなってしまっているような気もする。

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コーラルでは、この4月から“土曜オープン教室”を始めています。毎週土曜日10時から13時まで、一回千円の参加費を集めて行っています。

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放課後教室のような完全なる個別指導とはいかないのだけど、普段行っているコーラルの授業をベースにした学習対応をしています。まだ始めて間もないので、時間・メンバー・スペース等あらゆることの配分も含めて試行錯誤の段階です。今はそれぞれの勉強をしていますが、そのうちみんなの希望をとって、ものつくりや実験、料理なんかもできたらいいなと。まぁ本来はお休みの週末土曜なので、緩やかなオープン日にしたいと思っています。

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それにしても、みんなが集まってそれぞれに勉強している姿が、この場所を借りたときに“こうなったらいいな”と想像していた風景に少し重なって見えました。ゆっくりみんなで育てていく、そんなオープン教室にしていきたいなと。