窓の向こう

「移住したら次第にアチコチ行かなくなるから、早めに行った方が良いよ」とは、沖縄に引っ越して来た時に不動産屋さんから言われたこと。
「旅行で来てた時はレンタカーの時間いっぱいまで走り回ってたけど、引っ越してきたらほんと何処も行かなくなっちゃった」と移住組のお客さんが話していた時には、大きく頷いてしまった。

こんな時には、北海道に行った時、北大の学生と思わしき人に、「クラークの像は何処にあるんですか?」と母が聞いた時、「??(さぁ…)」みたいな返事だったことを思い出す。存在が、近くて、当たり前のものには中々注意を払わなくなるのかな。

そんな風に考えると、沖縄が地元になってきた…っていうことなのかな、と感じたりもします。

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“海が見える図書館”という恩納村の図書館を見たかったついでに北部の観光地を回ってきた。まぁ、そこでビックリしたのは海外からの観光客の多さ。キッチンにはこの前も上海からの家族が来ていたりして、その増加は実感としてもあったけれど、ここまでとは。カレンダー上は平日だったので日本人が少なかったのかもしれないけれど、半分以上がアジアからの観光客といっても決して大げさではない。

経済効果…という視点はあまり好きではないのだけど、海外からの観光客がいなくなったら単純に半分以上のお客さんがいなくなるということ。観光を大きな産業と考えている沖縄にとって、各国から安心して旅行を楽しみに来沖できるという大前提は最優先されるべきことだと思ったり。

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「西武球場っていうのはね、山の中にあるんだけど、あれは実はちゃんとした考えに基づいていてね。野球観戦にくたびれた時に、視線をグラウンドから外すと山の景色が楽しめるようになっているんだよ。観戦席から離れると売店がたくさんあったりして、そこで山を見ながら休めるようになっているんだよ。そういう哲学があるんだね。そうそう、花火も見られてね」と、大学の教授が言っていた。

何度も書いているけれど、西武球場はぼくの地元にあるので、何だか山の中に暮らしているかのように言われている気もしてちょっと苦笑いだったけれど、まぁ間違いでもないので仕方ない…という気持ちだった。

今となっては屋根が付いた西武球場だけど、横壁はなく、運動会のテントの様な吹きさらしになっていて。それを見る度に、さっきの教授の話を思い出したりする。

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大人になってから「窓際のトットちゃん」を読み返して、強烈な印象を持ち直した。この印象というのは、教育書の中でもぼくが生まれたくらいの時期からの実践書を読んだ時のものと通じるものが。何だかこの頃の教育書は、先生自身がすごく熱を帯びていて、実践報告に伴って伝わってくるその“熱さ”が、データや論文を最重要の根拠にすることで得る“冷静さ”が一番説得力を持つかの様に進められる最近の教育書との違いを浮き彫りにしているように感じる。

さておき。
“トットちゃん”が、窓の外に気持ちが行ってしまって授業に集中できない…というエピソードは、ぼくの古い記憶にも残っていた。テレビで活躍中の黒柳徹子さんを見ると妙に合点がいってしまうけれど、今日でも同じ様なことで悩んでいる親や先生がたくさんいることは、珍しくはなくて。“集中力がない”、“注意力散漫”なんていうのは、子どもを語る上で大きなキーワードの一つになっている。

例えば、この様な傾向のある子は、授業に集中できるように(他のことに注意が逸れないように)教卓の目の前の席する、とか、プリントには余計なことを書かずに問題だけを記載する(例えば“3×4= ”とだけ書いて、“次の計算をしましょう”などの指示も記載しない)などと、ある意味、外部の刺激や情報を絞って絞って絞り切った空間にしようという考えもあったりする。そして、こういうことが「授業に集中できるようなった」などという報告とともに紹介される。

何とも言えない気持ちになるのは、そういう空間で過ごしている子どもの姿を想像してしまうからか。

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母校の大学は、西武球場の隣にもキャンパスがあって、ここはまさしく山の中と呼ぶのに相応しい場所なんだけど、そのキャンパスの話に繋がるのがさっきの教授の話だった。

「講義だって、ずっと聴いていたら飽きるでしょ。そんな時に、窓の外をみると木々の緑が目に入ってくるんだよ。そういうキャンパスなんだよ。いいでしょ」

大学生活4年間で、鮮明に覚えている講義の中の一つ。

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恩納村の“海の見える図書館”に行ったものの、月に一度の休館日で入れなかった。図書館フロアの上の階には上がれて、そこからの景色は見させてもらった。

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うろうろしている間にも、
「すいません、今日は休館日なんです」と言われている地元の利用者と思われる人が次々と。

日を改めてまた来てみよう。

恩納村文化情報センター

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追記

この前の南アフリカの記事で話題に挙げた、ラグビーのニュージーランド代表のロムーが先週亡くなっていた。40歳だったそうだ。その存在を知って間もないのだけれど、とっても残念…。

ご冥福をお祈りいたします。

雑感

キッチンの前の道は、昔は対面一車線ずつの道路だったらしいけど、今は一方通行になっていて。裏道に使う車も限られているから何とも静かで、元々が二車線だったから広くてのんびりとした長い坂道なのだけど、「一方通行の前は、お客さんの入りが悪いんじゃない?」と経営という面からはマイナス面を指摘されることが多かったり。

雑踏の中からパッと見つけて入店してくれるような立地ではないことは確かなのだけど、「いつも前を通っていて気になっていたんだけど…」と開店してから1年半以上経ってからお店に入ってきてくれるご近所さんがいることを考えると、出入りの激しいお店とは違った楽しみというか喜びというかがある。

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最近、近所では南アジアもしくは中東からの若者の姿をよく見る。働きに来ているのか、勉強しに来ているのか、はたまたその両方なのかよくわからないけれど、自転車に乗ってどこかに通っているようだ。

ちなみに、近所の居酒屋さんで焼き鳥を焼いていたのはインドから来た10代の若者だった。
「おう、頑張れよ!」と、赤ら顔のお客さんに声を掛けられて、はにかんだような顔を見せていた。

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ぼくが小学生から中学生のころ、近所では一時期中東から働きに来ている人をよく目にした。普段、知っている人とばかり顔を合わし、ましてや外国人の姿なんてほとんど見かけなかったその地域においては、ものすごく目立つ存在だったことは間違いなくて。地域の人のその外国人への視線は、日に日に増えていくその人数に伴うように、だんだんと妙な猜疑心の様なものを生んでいった。

ある時期から、お茶で有名だったその地域において、「イラン人に茶畑に連れ込まれたらしい。年寄りでも関係ないらしい」というような噂が、その真偽について考えられることなくどんどん広まるようになった。新聞や地域のニュースでは流れることのなかったように思うこの噂は、尾ひれが付きながら何の障害にぶつかることもなくあっという間に皆の知るところに。

そもそも、南アジア・中東の人たちだったとは思うけれど、イランからの人達だったのかどうかさえ今となっては疑わしい。何だかよくわからない情報と共に、好奇と警戒心に満ちた横目でチラチラされながら生活していた本人達は、どんな思いだったのだろうか。

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フランスでまたしても痛ましい事件が起きた。昨日の事件だけど、今日から周囲はトリコロールだらけになっている。今回のことにどういう風に向き合うのかは一人ひとりの思いだけど、それと共に今一度どうしてこういう対立構造が存在しているのかをしっかりと考えないと、知らず知らずにこの対立構造を煽る側になってしまうことを懸念してやまない。

ふと思い出せば、何ともやりきれない思いで始まった今年の始まりだった。事態は落ち着いたどころか悪化の一路を辿っているようで辛い。

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今日は、半袖でも汗ばむくらいに天気が良かった。

キッチンのドアの向こう側を、南アジアか中東出身と思われる女性二人が、一台の自転車を交代しながら行ったり来たりしている。坂道を使って自転車に乗る練習をしているのか、跳ねるように喜びながらで何だか楽しそう。ちょっとキッチンの中を覗いては、会釈をしてくる。ぼくも、それに応える。

30分ほど一人が自転車に乗って坂を下り、一人が追いかけていき、しばらくしたら二人で登って帰ってきて…の繰り返しをしていて、気がついたらいなくなっていた。自転車に乗れるようになったから帰ったのだろうか。

世界中のどんな場所でも、こんな風な昼下がりが当たり前になったらいいのだけど。そんな風に思うと、自転車と二人がいた風景が遠い世界のことのように見えてきてしまった。ついさっきのことなのに。。。

ラグビーとサッカーと南アフリカ

最近は、時間があれば録りためてもらってあったラグビーワールドカップを観ていて。ぼくは今まで大学ラグビーばかり観ていたので、世界レベルの選手の迫力には圧倒されっぱなし。中でも、フィジーのウィングのナドロは195㎝、124㎏という力士の様な体格なのにものすごいスピードで走りまわっていて、それまでぼくの印象に残っていたウィング選手の一人である首藤(163㎝)を思い起こしてしまうと、とても同じスポーツとは思えなかった。

ちなみに最初に観た録画は、やっぱり日本対南アフリカ。世界のラグビー事情について疎いぼくでも、南アフリカは別格に強いということは以前から知っていて、こう言ったら申し訳ないけれど日本が勝つなんてことは100%ないと思っていたし、それこそ考えもしなかった。

そんなだから、予想だにしない結果に「中継で観ていたら泣いちゃってたかもなぁ」なんて言っていたのだけど、結果が分かっていながら最後のトライには鼻の奥がツンとしました。解説の人も“giant killing”と何度か言っていたけれど、文字通り体が一回り二回り大きい南アフリカの選手に対して、果敢にタックルにいく姿には思わず何度も声が出てしまった。

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何人かのお客さんに、
「『マッドマックス』、観ました?」と言われた。
お店にいる間は、あまりヘビメタを流したり、バンドTシャツを着たりしないようにしているのだけど…。なんで「観ました(おそらく観ていそうだけど)?」だったんだろ???

少し前に話題になったこの映画。知っている人も多いと思うけれど、語弊を恐れずに言えば、荒廃の世界を見た目のままの悪者が「ヒャッハー!」と暴挙を行っている“北斗の拳”みたいなお話。ぼくはもちろんお店の中で“北斗の拳”の話をしたこともないはずだけど、自分が気がつけば恩師を“お師さん”と呼んでいることとかを考えると、節々に“北斗の拳を好きそうな何か”が滲み出ているのかもしれない…と思い、これからは注意しないとなぁ…なんて。

さておき。

この映画で注目されたことの一つは、丸刈りにしたシャーリーズ・セロンの存在感でもあったと思うけれど、このシャーリーズ・セロンは、南アフリカ出身の人。そして、白人と黒人という関係だけではなく、白人の中においても貧富の差を生んできた歴史をもつ南アフリカにおいて、弱者の立場であったアフリカーンスの言葉が母語だったという彼女の生い立ちは、ちょっとやそっとじゃ語れないもの。15歳の時には、アルコール依存症の父親から彼女を守るため、母親が父親を射殺するということが起き、その後渡米するものの挫折という言葉では言い表せないような絶望的な経験を重ねた上に、偶然というには運命的すぎる出会いによってオスカー女優にまで登りつめる…という、これだけでも波乱万丈という言葉が陳腐に聞こえてしまうような人生を歩んできている。

丸刈りの『マッドマックス』もそうだけれど、半端じゃなく強い女性が似合うのも、単純に演技力の話ではないのだろう。“凄み”が漂っているのである。
「ここまでされちゃうと、男としてやっぱりちょっとヤダナぁ。情けなくなっちゃうよ…」と子どもが言っていたPVでも彼女は大活躍。

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熊谷で活動していた時、サッカーのワールドカップ南アフリカ大会があった。大会前、ボロクソに言われていた岡田監督が予選で勝ちを重ねるに従って、手のひらを返したようにやんややんやの喝采になったあの大会です。

試合を観ていて「あれ?ずいぶん小柄で華奢だな…」と思ったのは南アフリカ代表で、開催国ということもあってものすごい声援(あとブブゼラ)に後押しされていたけれど、予選で敗退してしまっていた。(開催国が予選で敗退してしまったのは、サッカーのワールドカップ史上初めてだった気も)

この時、ちょっと話題になっていたのが、サッカーの南アフリカ代表は黒人、それに対してラグビーの南アフリカ代表は、屈強な体格の白人がほとんどだということ。まぁ、見比べてみると、競技の違いがあるとはいえ、その体格差は歴然としていて。

そんなで、サッカー、ラグビーを切り口に、南アフリカの授業をしたのでした。

アパルトヘイトが撤廃されたのは1994年だから、ぼくなんかからするとものすごく最近のこと。学校の社会の授業では、「白人以外の有色人種は差別するんだよ。けど、日本人は“名誉白人”だから良いんだよ。特別なんだよ」と先生が言っていたのを、「これはどういう意味で言っているんだろう??」と何だか腑に落ちなかった記憶が鮮明にあったりもして。

けど、ぼくの教え子世代からすると、アパルトヘイト自体が「今じゃそんなことしていい訳ないし、遠い過去のことでしょ」と考える内容なので、時系列を確認すると「この前じゃん!」とビックリしていた。

聞いた瞬間に「こんなことが許されるなんて、考えられない!」という倫理観はとても大事なことだし、その様な反応を目にするととても安心するのだけど、その上で、歴史においてどの様なことが行われてきたかを知ることは、その倫理観をさらに確固たるものにするためにとても大事なことだと。例えば、アパルトヘイトにしても、単純に黒人差別だけが理由ではないことは当然で、貧富の差だったり社会の不都合の一点をクローズアップすることによって、その制度の存在を正当化しうる理屈が罷り通ってしまうことがあるということに注目する必要があって、こういう思考を掘り下げる作業こそが、目の前の情報に踊らされずにより良い歴史を切り拓いていくために不可欠なのだと思う。

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先日、そういやこんなのあったなぁ…と思って、映画『インビクタス/負けざる者たち』を借りてきた。ストーリーは、とてもシンプルに進んでいくけれど、随所随所にいろんな要素が散りばめられていて、あっという間に観終わった。確認したいこともあるし、返却までにもう一回観たいなと思っている。

それにしても、映画に出てくるネルソン・マンデラの先を見通した政治力というのは、突出しているなぁと。今の“アラブの春”の後の混乱を見てしまうと、比較対象ではないと思いつつも、そう感じてしまいます。まぁ、映画だから綺麗過ぎ…という意見もあるけれど、そういうの抜きにして単純に良い映画なので、テレビでやっていたりしたら是非。

ちなみに、冒頭に書いたフィジーのナドロは、この映画に出てくるオールブラックスのロムーとも比較される選手のようでした。体格が良いというだけではなくて、只者ではないオーラがあるんだよなぁ。。。