以前もかけ算の記事を書いたなぁと思いつつ…。
。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。
「かけ算はね、たし算でできるって言ってたよ。学校で」
「あら、そうか」と答えつつ気になったので、教科書を見せてもらった。
確かに。
その後、一緒にプリントで文章題を解いていると、
「さっき6×7は42だったから、6×8は50」
「ん?」
「だって、足し算でできるんだから」って言われると、“やっぱり、そう思うよね…”と思ったり。一つのかけ算の式がポッと目の前に出された時、本人が6×8も8×6も同じということを経験的にも知っていることも相まって、混乱するのはなおさらだろう。
。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。
今一度、かけ算の構造をしっかりと…ということで、自分で文章題を作る“作問”をして、一緒に問題を出し合っています。
まずは、絵も用いた文章題作り。
慣れてきたら、タイル図を作って。
ハサミを使って方眼紙を切り取っていると、体感として受け取っているものもありそうかな??
。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。
ちなみに、大きい子の授業は割合の内容だけど、結局はこの構造の延長であることの確認の繰り返しに。
目で見て解るように確認を重ねながら進めると、“1より小さい数でかけると全体の量が小さくなる”ということも、「解ってるよ!当たり前!」と言っています。
。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。
多くの子が持っている「かけ算は、倍、倍に大きくなっていくような…」という感覚に捉われ続けるのは、冒頭の様に“かけ算とは累加のこと”と導入されることも大きく関わっているのだと思う。もちろん、最初の間はそれで(問題が解けるという意味で)ナントカなるんだろうけど、どこかで教え直しが必要になってくる。
こういう“今、目の前にある問題を解くため”とも言える教え方は、結局は教科を細分化したもの一つ一つに当てられている“公式”という名の“問題を解くためのツール”を暗記していくという勉強の仕方を子ども達に体得させてしまっているようにも感じるし、この様な行為を“考えるということ”だと認識させてしまっているようにも感じる。
けれど、実は自分で考えるという行為の積み重ねではなく、既に全て決められているコマ切れの枠の中でしか思考を動かしていなくもあって、その姿を見ていると“考える”というよりトレーニングの域を出ていないという印象すら持つことも。
。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。゜。
冒頭の話で言えば、「6の段だから、6を足すんだよ」という教え方をしても、同じ様な問題でマルをもらえるようになるかもしれないけれど、根本的な構造の理解には近づけていないし、それ故にやっぱり行く先どこかで教え直しが必要になってくる。つまり、連続性のない、場当たり的な授業とも言える。
「あ、前に勉強したことの続きだ」と子どもが感じられることは、学びを積み重ねていることの証で、大きな視点で見ると、自分が学んできたことを基礎にして新しいことに向き合っていく行為に繋がっていくものだと。授業の組み立てる側は、この様な見通しを常に意識していかなければならないと思っています。