明日から9月

昨日は大きなデモがありました。
沖縄でも開催されていて、ぼくは一緒に歩くことは出来なかったけれど、ちょっと仕事を抜けだして車で応援してきました。想像以上に長い列になっていて「最後尾、まだ??」とビックリでした。

デモは、初めて行く時には緊張したけど、一度行ってしまえば次からは参加しやすいもの。そう考えると、昨日はこれからに繋がる大きな一日になりそうです。

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明日から9月。

鎌倉市図書館のツイートが話題になっていますね。

公的機関として、この様に公言することにはいろんなハードルがあったと思っていたら、案の定このツイートは削除を検討されていたらしい。けど、今この時このツイートを目にすることができることで、つかの間でもフゥ…と息を抜いている子がいるだろうと想像すれば、この言葉が誰かの目に留まることの力を改めて知ることができると思う。

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不登校に関する相談が多いのは、どこかで見た統計でも、体験の上でも、ゴールデンウィーク明けと夏休み明け。

ゴールデンウィーク明けの場合は、新年度を迎えて心機一転今年は行けるかな…の一ヶ月間を経て、無理が表面化する時期でもある。

それと比べて夏休み明けの場合は、ある程度の長い期間、物理的に学校から離れることができていた時間が終わって、「あぁ、また地獄の日々に戻るのか…」という一学期の経験を元にした悪夢の見通しを立てられてしまう時期か。

4月や9月など、休み明けからフリースクールに通うようになった子の多くが「~をしてみたい」とかというように、ちょっとでも先の時間に対して、少しでも前向きな気持ちを持てるのは、長期休みの過ごし方が上記のようなケースと表裏の関係なのだと感じたりもする。

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ぼくも公的な相談機関にいたのだけど、そこでは、不登校の相談を受けた時に「明日、無理して登校することで何か好転しそうですか?そうじゃないなら、学校は休みましょう。休んでいる間に、大人がどういうことができるのかをもう一度考えましょう」と、普通に答えていた。これは、もう何年も前の話だから、先日の鎌倉市の図書館に対して目にする「公の場所が学校を休むことを助長するようなことを言うなんて」という批評は、時代遅れも甚だしく耳を貸すにも値しないと思う。まぁ、僕の職場は子どもの権利擁護にも関わっていたからなのかとも思う節もあるのだけど。

ちなみに、別の公的な相談機関(教育関連)の相談員が、「今休まないで登校したほうが、高校卒業のためには一番の近道だと説明しましょう。論理的に説明すれば解る年齢です」みたいに言っているのを真横で耳にしたことがある。この相談員は臨床心理士だったけど、辛くて頭がいっぱいいっぱいになっている子への対応として、それを一番近くで見て心配している親に“理詰めで追い詰める”様なことを勧める神経が、僕には全くもって理解できなかった。

そもそも、そんなことアナタに言われなくても“自分のこととして”身を切るくらい解っている年齢だ。

兎にも角にも、こんな感じで相談先によって対応は全く違うので、話をしているうちに「???」と思った時には、違う相談先を探してみることを勧める。これは、不登校に限ったことではないけれど。

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図書館に行くのもいい、家でゆっくりしているのもいい。まずは、ホッとしてから。それから次のことを考えよう。

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学校に行っていないことで、子どもは大人が思っている以上に学習進度への不安感を持つ場合が多いと感じる。これは、不登校関係の仕事の人も誤解していることが多い。「うちのフリースクールは宿題もないよ!勉強もしなくてもいいんだよ!」と子どもに説明しているフリースクール関係者に出会うことも珍しくないからだ。

ちなみに、小学校低学年から学校に行っていない場合は、学校で授業を受けている時間の経験が少ないからかこの傾向が小さいけれど、高校進学を意識するような中学生くらいになると顕著になってくる。
受話器の向こう側で「でも、学校行かないと勉強が遅れちゃうから…」と力無く吐く声を何回耳にしたか分からない。

大人からすれば、「学校なんて行かなくたって大丈夫!俺なんて全部忘れちゃってるけど、普通に生活しているよ!」なんて言えるかもしれないけれど、子どもにとっては今この時を生きていることが全てなのだから、ヘラヘラと「大丈夫!」と言われても、全然大丈夫じゃない。

そうではなくて、今までどうやって勉強していた子がいたのかを伝えることで、子どもが自分が勉強をしようと思った時に始めれば大丈夫だと思える安心感の見通しを、“具体的な”学習方法を持って共有していくことが“本当の大丈夫”に繋がっていくと思う。よく耳にする「勉強は自分がやろうと思った時にするのが一番良いよ」という言葉に発言者が責任を持つのであれば、“やろうと思った時”に、“何を”、“どうやって”という具体的な説明が不可欠だ。

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フリースクールに関わり始めて15年近く。教え子も大きくなっている。学校と違って出入りの多い場所だから、「あの子、いたなぁ」と思っても、今現在どうしているのか分からない子もたくさんいるのだけど、時折顔を見せてくれる教え子からは、他の子のことで知っていることをたくさん聞いておくようにしている。というより、気になって聞いてしまう。

得意だった料理の道を選んで試験にチャレンジしている子もいる、介護のボランティアをしているとメールをくれる子もいる、大学で教師を目指して勉強している子もいる、昔から好きだったことを勉強するために学校で勉強している子もいる、僕の大学の後輩になって一緒に母校のラグビーを応援しに行った子もいる、人柄がいいから声を掛けられて仕事を任されている子もいる、「ちょっと言いづらくて…」と僕より先にお父さんになったことを教えてくれた子もいる、それと、それと…。

こんな風に今の生活を邁進しているみんなも、初めてフリースクールに来た時には、ずしっと重いおもりを心に抱えていたのだろうし、学校ではない新しい場所への不安感も抱えていたのだろう。そして、これは親御さんも同じだと思う。

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「神田日勝?」と思うこのPVは、“The Coral”というバンド。

フリースクールを始める時、当初予定していた名前は実は既に他のフリースクールが使っているということが判明し、「みんな考えることは同じなんだなぁ」と笑いながらも、内心ショックだったのだけど、いつもお世話になっていたお店の人とこのバンドの話をしていて、「“Coral”って、サンゴっていう意味ですよね」と言っていたのを、しばらくしてふと思い出したのが今日に続いている。

沖縄では馴染みの言葉だけど、熊谷にいる頃には「“コーラル”って響き、良いですよね」と言ってもらえることが多かったので、嬉しかった。

コーラル。いろんな色、いろんな形、いろんな大きさの海の生き物が集まって、それぞれ思い思いに過ごしている場所。

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もちろん、コーラルでも待っています。

ちょっと勉強がしたくなったら一緒に勉強する準備があります。ちょっと何か作ってみようかと思ったら、その準備もしてあります。料理をしてみようかと思ったら、その準備もしてあります。少ないけれど、マンガも絵本もあります。

少し働く練習をしてみようかな…という時のために、お店もしています。けど、料理は苦手なんだよな…という時のために、こねて作るようなうどんとかを出しています。

まだまだ準備段階で、その割にはのんびりなコーラルだけど、待ってます。

それと。

今、コーラルは那覇にあるけれど、困ったなぁという時に話を聞いてくれる場所は全国各地たくさん思いつきます。直接行くも良し、家からちょっと電話してみるも良し。きっと両手を広げて迎え入れてくれる。

あなたのことを待っている人は想像している以上にたくさんいるよ、と伝えながら今日のブログはおしまい。

スピーチの力

ここしばらく時間に追われるように過ごしていて、だいぶ間が空いてしまいました。早く、生活のペースをつかみ切りたいところではあります。

書きかけの時事に関するブログもあるのだけど、書きあげられていなくて、時事が遠くなってしまいました。ただ、児童虐待に関することなので、ちゃんと書きあげなきゃな、と思っています。

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映画や音楽で涙を流すことはあっても、人のスピーチで心が震えるような経験はなかった。もちろん、面白かったり、興味深かったり…印象に残っている講話だったり授業だったりはたくさんあるのだけど。涙を流すという心の動き方とはちょっと違うような。

だから、例えば、歴史に残る演説と言われるキング牧師の演説を、あの場で聴いていたらどんな気持ちになったのかなぁと思ったりしたこともある。それは、今現在のこの国で画面を通して感じている感情とは違うものが生まれたのかなということで、逆に言えば、今画面と向かい合っている自分の感情を表しているということでもあって。

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前のブログでも書いたけれど、辺野古近くで知り合った学生が国会前で頑張っている。

ちょっと前になるけれど、
「あ、これ、あの時の学生?」と、また思わず口をついていた。

あぁ、頑張ってるなぁと思いながら聴いていたけれど、スピーチが進むにつれて、何だか涙が止まらなくなった。

「私が受けた教育は間違っていなかった」

こうやって、断言してくれる若い世代がいることが、こんなに心強いことなのか。もちろん、彼女はぼくの教え子ではないけれど、スピーチを聴き進めていくと、今までたくさんの人と一緒になって、平和教育を含めてあれやこれやとやってきたことが次から次に思い出されてきた。

そして、やっぱりこれからはみんなの時代なんだな、と。

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30日は大きなデモの日のよう。残念ながら当日は朝から仕事なのだけど、何らかの形で目にしたいな。
もちろん、できたら現場で。。。

この時期に思い出すこと

いろいろとパソコンの中の過去の資料を整理したりしていて、「随分、攻撃的な文章だなぁ」なんて思っていると、20代の自分の文章だったりして苦笑いすることが続いている。その時その時に張っているアンテナが違うので、20代の頃に意識していた課題が全くもって他人事のようで、「こんな情報、知らないけど」と読みながら思わず口を衝くようなことが書いてあったりする。

必要がなくなった情報という訳でもないので、何だか寂しい気持ちになったりもする。

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毎年この時期になると思い出すのが、熊谷で働いていた頃に子どもを連れて広島、長崎と旅行したこと。旅行といっても、JRの乗り放題切符である『青春18切符』を使ったかなり強引な旅行だった。一日の大半を通勤用の電車の中で過ごすという、身体は動かしていないけど妙に疲れる感じは、あれからもう体験していない。いや、体験しないようにしている。

確か、朝9時に東京駅で集合し、午後6時に大阪着。食事をした後に、夜10時過ぎに大阪発、翌朝7時に博多着。そのまま乗り換えて、午前11時に長崎着。博多に戻って泊ったら、翌日(8月6日だった)は広島へ。最後は京都に泊ったんだっけな。

今でもはっきり思い出す懐かしい5日間。

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海外の要人に、「日本に来たらぜひ被爆地に来て下さい」と促しているこの国の政治家を見たり、それでも被爆地に寄らなかった要人を非難するような言説を目の当たりにして思うのは、そもそも日本の中で被爆地に行く機会のない人ってどれくらいいるのだろう…ということ。

僕は埼玉県で育ったけれど、中学校の修学旅行は京都までだった。僕の高校は修学旅行がなかったけれど、周りの高校では、修学旅行の行き先が北海道だったり、オーストラリアだったり。近畿地方の学校では、修学旅行の行き先が被爆地だということを聞いたことがあるけれど、少なくとも僕の育った環境では、「個人でも行く」という意思がない限り広島・長崎に行く機会がなかった。

「やっぱり、行かないとね」と思っている人が多かったと思うけれど、それを実際に行動に移すまでには大きな壁がある。僕も、20代半ばになってやっとこさ行った。実際に行ってみて思ったのは、被爆地という場所に来て肌で感じる経験があるかないかということには、想像以上に大きな差があるということ。
初めて降り立ってみて、「あぁ、これはみんなと来ないとな…」と。この悲惨な状況を経験として持ち、被爆国当事者として世界をリードできるのは、一カ国しかないのだから。そして、これは、世界に対して負っている責任でもある、と。

そんな思いがあったからこそ、あの強行日程の旅行を企画したし、そんな思いを汲み取ってくれる協力者がたくさんいたから実現できたのだと思う。

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道中、一日電車に乗っていて暇ということもあったので、日記をつけるように言っていた。

広島では、ちょうど8月6日に到着したということもあって、特設の写真展も行われていた。

小学生には、
「今見たのより(常設)よりも辛い写真かもしれないけれど、どうする?」と聞き、
「うーん…」と言いながらも着いてきた。
実際は、僕自身が強烈な体験だったし、今でもはっきりと思い出す写真がいくつもある。

今となっては、常設展の内容ですら「子どもにとって強烈すぎる」というクレームが入り、変更されるかもしれないとかナントカ…。これには、いろいろと思うところがあって、例えば震災の後の“心のケアという言葉の氾濫”とも繋がるところがある。
また改めて書こうと思うけど、沖縄で出会う戦争体験者の消えることのない輪郭のハッキリとした記憶と、その記憶が「どんな理由があっても戦争だけは絶対にいけない」という確固たる決心に直結していることが、全てを表していると思っています。

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普通の旅行とは異なるものだったので、保護者の方々には、自分の考えを説明させてもらっていた。

パソコンの整理をしていると、“この企画(広島・長崎への旅のこと)を提案するにあたって”という、その時の案内文章が出て来た。今読み返してみると、いろいろ混線している文章だなと思うけれど(今でも…)、言いたいことは今の自分とあまり変わらなかったので、そのまま転載して今日のブログをおしまいにします。

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この企画を提案するにあたって

教育という仕事に携わっている、というよりも自分よりも若い世代と関わっているという点で絶対に伝えていかなければいけないと思うことの一つが『戦争』のこと。
今年28歳になる僕は、もちろん戦争を経験したことがありません。だけど、『戦争の悲劇』というものを自分より若い人達に伝えていくことは、戦争経験の有無に関わらず年長者の使命だと思っています。

「戦争って良くない」という言葉に否を唱える人はいないと思います。

だけど、戦争がなくならないのはどうしてだろう??『いたしかたのないこと』という理由で、戦争というものがあっていいのだろうか??『いたしかたのないこと』で命を落とす人が出てくるのも『いたしかたのないこと』なんだろうか??
今現在の日本において、対岸の火事でしかない戦争。もしも、その渦中に埋もれるときがきたら、「戦争って良くない!」と声を大きくして言える人がどれだけいるんだろうか??

このような感覚を「青臭い!」という人もいると思います。だけど、僕は戦争というものに対してはこのような『青臭い感覚』というものが絶対的に必要だと。これは自我を越えた部分として存在していなければならないことだと思っています。そのためには、幼いうちからの戦争に対する『嫌悪感の伝え』が求められるのだと。その後、自我が育つのと一緒に学びながら確固たる意思につながっていくべきことだと思うのです。

後世に伝えるべきことは、様々な文化ももちろんだけど、今までの悲惨な歴史も『負の遺産』として伝えていかなければならないのは当然のこと。僕は一昨年、初めて広島・長崎を訪れました。「一度は行かなくては」と思い続けていながらも、背中を押してくれた賛同者を得てようやくの出発でした。いざ、その場に行ってみて、上に述べたことが確信に変わったのです。戦争を肌で感じることはできないけれども、『肌で感じよう』とする意思がなければならないと思ったのでした。

戦争を知らない世代に育ったことはとても幸せで有難いことだと思います。だけれども、『戦争を知らない世代』によって戦争が再び起こされるようなことがあったのなら、これは『幸せ』とは言えなくなってしまう。その時、後世に残るのは更なる『負の遺産』。僕たちは何も学んでいなかったということに。無知で不幸な世代としか言えなくなってしまうのではと思うのです。

ヒロシマ、ナガサキ、そして沖縄。その『負の遺産』を知ってから行くと、流れている空気がなんだか違う。決してただ単純に『楽しい旅』にはならないけれど、他のどんな旅とも比べられない何かが一生残ると確信できます。そしてこの『何か』こそ『負の遺産』の一部なんだと実感できるといいなと…。

公開授業、大盛況でした!

8月4日琉球大学にて、フリースクールジャパンフレネ代表の木幡寛さんの公開授業を開催しました。
定員20名の設定でしたが、30名弱の参加者に!会場は、熱気に包まれました!

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アクロスティックという言葉遊びを用いた木幡さんの自己紹介から始まり、最初は手品を見せながら参加者の肩の力を抜いていき、授業の勢いをつけていきます。

①質問力の授業

見たことのない、何だか不思議なものが次から次に出てきます。

「これは、何ですか?」という質問に、「はい」か「いいえ」で答えられる質問を用いて迫っていきます。
※「それは、(答え)ですね?」という、ズバリの質問はNG。

「それは、料理に使いますか?」
「はい!」

「それは、何かの部品ですか?」
「いいえ!」

参加者の間を歩きながら質問に応えていく木幡さん。どの様に質問するのかという文章力、そして得られた情報を論理的に組み立てながら答えに迫っていく思考力…。これは、大人も頭をフル回転。

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②体積の授業

会場の雰囲気も大分柔らかくなってきたところで、今日の授業のメイン。

取りだしたるは、こぶし大の鉄球とビー玉。

「どっちが大きいですか?」と、木幡さん。

もちろん、鉄球の方が大きいのは一目瞭然なのだけど、

「じゃあ、どうして鉄球の方が大きいの?」

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ここから、体積とはどういうことなのか…という授業へ。

「学校では、体積のことを“物のかさ”と説明するけど、じゃぁ“物のかさ”って何?と思うのは当然。そこで、どうやって説明するかと言うと…」

実践して見せます。体積の考え方を、参加者が目で見ながら、音で聴きながら説明を受けていきます。

体積の授業の中で、軸になるのがこの実験↓

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ペットボトルが二つ、繋がっています。下のペットボトルには水が入っています。

「これをひっくり返して、水の入っている方を上にすると、水はどうなるか?」

1.ポタポタ落ちる
2.ジャーっと落ちる
3.落ちない
4.その他

予想を立て、それぞれの意見を聞いて、さらに自分の意見を作っていく。授業をダイアローグの場として考えていきます。

授業を進めていくと、木幡さんが「今までいろんなところでこの実験の予想を聞いてきたけど、この予想は初めて!ありがとう!」と言う場面も。子どもの発想力は無限大です。

気がつけばみんなの表情もとても良くなっています!

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授業が終わったら、質疑応答。

授業とは子どもにとってどういう時間で、授業者は授業を作る上で大切にすることは何なのか。今日の授業も「算数?理科?」という風な疑問が湧きおこるけど、実は様々な要素を持ち合わせていて、既存の学校教育の枠から飛び出した所にある授業でした。

また、木幡さんの「不登校ではなく、選択登校」というポリシーの説明をしていただきました。学校でもいい、学校じゃないところでもいい。どっちの方が良いとかではなくて、どちらも独立した選択肢として存在している。子どもが楽しく学んでいるという事実があれば、それ以上のものはないのです。。。

気がつけばあっという間の1時間半。最後は拍手に包まれてのおひらきでした。

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SNSや、メール、はたまたキッチンに直接お越し頂いたりしながら、自然と皆さんの感想を聴かせてもらっています。

「時代を変えていくのは、今の子ども達。だから、教育って言うのは大切なんだよ」と、いつもおっしゃっている近所のお父さんは、「こういう先生だよ!こういう先生を待ってたんだよ!」と。

また、学生を教える立場にあるお客さんは、「面白いだけじゃなくて実はかなり緻密に練られていて、ものすごく参考になりました。自分の講義にも応用しようかなと。あ、木幡さんの本も早速注文しましたよ」と。

帰ってからも家族でいろいろ話したという感想もあり、参加者一人ひとりの心に“事件を起こす”授業だったんだなと改めて感じています。

個人的なことを言えば、今回の様な授業が、たまの“イベント”としてではなくて、日々の生活の軸として存在しているフリースクールを目指していることを、昔の気持ちに戻りながら再確認しました。

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終了後は、木幡さんと食事に。

「みんな良い表情をしていたし、良かった」と。

ここ数週間、木幡さんと連絡を取り合ったり、懐かしい教材を手に取ったりしていると、10年以上前に木幡さんの下で仕事をしていた頃へタイムスリップしたかのような時間の連続で、フワフワした時間に。
木幡さんには、コーラルが沖縄という土地でゼロからあれこれしていることを気遣って頂いていて、お話を聞いていながら、いろんな感情が湧きあがって胸に迫るものがありました。大切に心にしまっておきたいと思っています。

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最後に、会場のセッティングをして下さったティトゥスさん、開始前に駆けつけて準備をして下さったオルタナティブ教育ネットワーク沖縄のメンバー、県内各地から駆けつけてくださった参加者の皆さん、そして、木幡さん、素敵な時間を本当にありがとうございました!