記憶のモザイク

友人は混乱の真っただ中(今もだけど…)にあったアフガニスタンで仕事をしていた。当時は、アフガニスタンでテロがあると日本でも大きく報道していた時期だったので、その度に「大丈夫か!?」とドキッとしていた。

彼が一時帰国した際には、熊谷まで足を運んでもらい、みんなに授業をしてもらった。かなりしっかりとした準備をしてきてくれて、一緒に飲みながら話を聞くのとは、全く違った時間になった。

中でも、アフガニスタンで一番安全と言われていたホテルがテロを受けた時の、“complex攻撃”の話は強烈で、どんなに高く厚い壁で守ろうとしても、決心(←善悪は別にして)を伴った突撃の前には無力なんだと思った。

ちなみに、授業の最後は、日本は戦争がなくて平和だと思っている人が多いけど、すでにいろんな形で戦争に参加しているという現実、そしてその現実に伴う責任について話してくれた。既に自分達は参加者の一員なのだから、知らない…じゃ済まないと。

これは、5年くらい前の話。

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キッチンの近所のお父さんは、若い頃郵便局で働いていたそうだ。

「もうね、忙しくてさ。毎日毎日、ベトナムから遺品が次々送られてくるんだから」

ベトナム戦争の時、沖縄が出撃基地になっていたことは知っていたけど、こんな形で話を聞くと妙に生々しさが増してくる。戦争と隣り合わせの生活。

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少し前に、マイケル・サンデルの本が大流行した。本として読みやすかったし、子どもと一緒に考えやすい命題がたくさんあって授業で取り上げたこともあった。

「徴兵制をしいた方が平等か?」というような命題も、確かマイケル・サンデルの話だったような。
アメリカでは志願兵制の方が良いと考えが主流のようだけど、その結果、富裕層は兵役に就くことはなく、貧困層が生活のためにその負担を負うことになる。だったら、全員が等しく兵役に就く制度の方が平等なのではないか…というような話だった。

アメリカってすごい社会だな…と思っていたけれど、全くもって他人事ではなくなってきた。
貧困層が激増して不安定な職業事情の今日のこの国において、奨学金の返済が滞ったら防衛省にインターンシップをさせたらどうかという話もあるそうだし、「苦学生、求む」とは防衛医科大学校のちらしの文言だそうだ。

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キッチンが始まった当時から、いつも気にかけてくれる家族のお客さん。儲けなんて全くない開店しばらくの頃(今もないけど…)を何とか乗り越えられたのは、間違いなくこのご家族のおかげだった。

この前の夜。
お父さんは、小学生の息子さんとテレビを見ながらグラスを傾けている。

ちょうどテレビには、戦中の九州で行われた米軍の機銃掃射の映像が流れている。走る機関車を追うように上空から閃光が襲っていく映像だった。ぼくは少し前に見たことがあったのだけど、今回も正直震えた。

「これは、何のためにしてるんだと思う?」と、お父さん。
「何のため…って?学校でやったよ。日本は飛行機が少なかったから…だっけ?」と、息子さん。

「違うよ。単純に人を殺すためにやってるんだよ。こんなこと、おかしいだろ。どう考えても」と、お父さん。

そう。一番忘れてはいけないことだと思う。

そして、こういう家庭のひとコマを身近で見ることができたことで、ちょっと緊張感が解ける。

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ベトナム帰還兵が様々な不調を訴えたことで、PTSDの研究に大きな波ができた。実際の症状の話は想像以上に恐ろしい。普通の生活ができるとかできないとか、そんなこと問題にする以前のダメージ。

今は無人機など、戦場から遠く離れた安全な場所から攻撃ができるようにもなっているけれど、実はこの様な無人機のパイロットの方が戦地にいた人よりもPTSDの発症率が高いというデータもあるという。

「今の戦争はハイテクになったから」なんて言う人がいるけれど、とんでもない。人が人を殺すということには違いないのだから。

そして、一番忘れてはいけないことは、無人機に狙われる側の恐怖感も想像を絶するものだということ。

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以前のブログで、海外の芸能人は、当たり前のように政治的メッセージを発信すると書いたけれど、目にすることの多いメディアでストレートに訴えてくるものもある。

家族から「うるさいねぇ。音楽かい、これは」と言われたヘビメタバンドも、現在の戦場を舞台にしたPVを作っていた。ちなみに、今となっては“モンスターバンド”になっている彼らなので、リリースすれば世界中に発信されることになることは間違いないのだけど、映像からは躊躇を感じない。

なんとも生々しい設定。けど、最後の最後まで観ていくと、ストーリーは皮肉に満ちている…というか、「なんなんだろう…」という不毛さが全面に出ているというか…。

見終わった後でも、緊張が解けない。けど、現実はこの連続で、もっと酷いことは確かだと思う。

そして、後方支援と言ってもこういう緊張感に晒されるのだろうか、と思う。

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テレビを見ながら、お父さんは話を続ける。若い頃に、金武町に遊びに行ったときの話だった。

「日本の警察とMPが一緒に巡回してるんだよ。警察だけならまだわかるんだよ。けど、アメリカ人も一緒に見まわってるんだから。まぁ、ケンカなんて始まったらハンパじゃないんだけど、あちこちでケンカしてんだよ。米兵が」

米軍の“綱紀粛正”の下、店のシャッターが閉まったきりの最近の金武町しか、ぼくは知らない。ちなみに、普段のお父さんは、「いろんな立場の人がいるから」と、政治の話はしない。こうやって話している金武町のことも、「いろんな立場」の一番象徴的なことだと、注釈がつく。今は、心配なことが多くて思わず口をついてしまう…という様だった。

「あのころは、自分も若かったから、コイツらは何てワガママなんだって思ってたよ。米兵を見てね。けど、今になって思えば、普通の精神状態じゃなかったんだって分かるよ。明日ベトナムに行くとか、それこそ死ぬっていう世界なんだから。明らかに、何か(クスリを)やってるようなのもいたけど、そうでもしないとやってられないくらい、やっぱり普通の状態じゃなかったんだろうな。もう、もたなかったんだろうな…って今になっては思うよ」

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震災から一ヶ月後、石巻にボランティアに行った時、自衛隊の人達の働きには本当に頭が下がった。
万が一余震があって津波がきても、今は堤防も何もないという状況で、ぼく達も正直冷や冷やしながら作業をしていたけれど、ぼくより若い隊員がもっと危ない現場で泥だらけになって作業をしていたから。

この数ヶ月の間、ふと思い出す情景です。

8月4日 木幡寛さんの公開授業を開催!

書きかけのブログが溜まっているのですが、今日は告知をさせてください。

過去のブログでも書いたかもしれないけれど、ぼくがフリースクールという世界に入ったのは大学を卒業した年。何とも不思議なご縁で、木幡寛さんが代表のジャパンフレネというフリースクールの門をたたきました。そして、目の前に確かに敷かれているようなレールを進むようにして、今日、沖縄でフリースクールの活動をしています。

教育について一から勉強させてもらい、沖縄という土地に連れてきてくれたのが木幡さんで、言ってみればぼくのお師さんなのだけど、沖縄に移住すると挨拶に行った後、「友人がまた一人、沖縄に去っていく…」と書かれているのを見かけて、いろんなことが頭を巡り、ギューっと目頭が熱くなったことはハッキリと思い出せる。当時のぼくは、「ギラギラしてた」と言われるくらいナマイキだったので、いろいろと迷惑かけていたな…と思いながら。

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毎年、ジャパンフレネの皆さんと沖縄の鳩間島に行っている木幡さんが、今年はその帰りに公開授業を行ってくれることになりました。

ビラを添付しますので、ぜひご一読ください。

20150804公開授業

なお、参加申し込みやお問い合わせは、フリースクールコーラルまでお願いします。

皆さんのご参加、お待ちしています!!

未来を担う世代

「アンドウタダオって人、知ってる?」と、姉に聞いたことがある。

「知らないの!?世界で有名な日本人って、黒沢明だけじゃないんだよ!」と返され、黒沢明の後がヒデオ・ノモとヒデトシ・ナカタと続いてしまう当時のぼくは、口をつぐんでしまった。

自分の部屋に戻った姉は『美術手帳』の安藤忠雄特集の号を持ってきて、
「このくらい、知っておいた方がいい。教養だよ。先生になりたいんでしょ?」と、言った。

その『美術手帳』に載っていた瀬戸内海にある直島の写真は、とても綺麗で、歴史建造物以外の“景色と建物の写真”でそんな風に思ったのは初めてだった。

姉は母とアレコレ安藤忠雄談話をしていて、
「まぁ、実際、建物としては使いづらいみたいなんだよね。けど、まぁそういうんじゃないんでしょ」と言っていた。

今となっては、“そういうんじゃないんでしょ”という言葉がなんとなく分かるような。だから、良く知らないけどみんなが叩いてる奴は一緒に叩いておこうといういつもの流行りが、いつも以上に痛い。

ちなみに、一度は直島へ行ってみたいといろいろ調べたけど、結局行けずじまいだった。

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いろいろなことが転がり落ちるように進んでいる。

そんな中、学生を始めとする若い人たちが頑張っている。
そして、その集まりの中心となっている学生の中には、今年の2月に辺野古近くの道の駅で話をした2人がいる。

「あ、これ、あの子?そうだよね??」と、いろいろなメディアで見かける度に、思わず声に出してしまう。

場所が変われど、若い世代はやっぱり未来そのものなんだなぁと、眩しく思う。

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自分自身、猛烈に捻くれていた思春期があるので、声を上げている同世代に「なんだよ、良い子ぶって」みたいに冷めた目で見る子の気持ちは何となく推して測れる。

けど、今日、こういう風に冷笑しているのが、実は上の世代に多いということを知って唖然とした。

若い世代が自分の意見を必死になって訴えているという事実だけでも、年長者として受け止めるべきことがある証ではないかと思うのだけど、これは自分の仕事柄なのか。いや、そんなことで片付けてはいけないと思うのだけど。

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「宗教と野球と政治の話はしちゃいけないっていうよね」というのと、「誰に投票したのかは、親にも言っちゃいけないんだよ」というのは、中学校の授業で先生が言っていたこと。

政治を生活から遠ざけてきたのは、学校教育だと思う。政治のことは、自分一人で考えることで、自分の考えは内緒にしておくべきことというのが、学校で習った政治と“処世術”だった。

“教員は中立でなければいけない”という態度(実際は政府の立場の代弁なのだけど)は、子どもと政治の出会いにおいて、意見を交わすという本来あるべき姿を遠くに追いやってきたと思う。

国会での、決して討論と呼べない噛み合わないやり取りも、こんなところに原因の一つがあるのかもしれないと思ったりもする。素養として育まれてきていないのだから。

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子どもが自分で考える…という力を軽んじているのだと思う。「なぜ?」という探究心は、誰もが生まれ持ったもの。

だから、一番良くないのは、考えるという場面に出会わず、自分で考える習慣を失ってしまうこと。

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高校の先生の中には、「これから中国は戦争になって花火が見えるでー」と言ったり(←結局そうはならなかった)、海軍将校の話をしながら涙を流し「お前らは何で泣かない!」と言ってた人がいたけど、それこそみんな冷めた目で見ていた。「あ、この先生は変な人なんだな」と。

ただ、その先生が正直に自分の考えをぶつけてきた故に、生徒であるぼくらもその考えを“批評する”ことができたのだと思う。教師として適正、不適正という面では何とも難しい先生ではあったけど、考えるきっかけにはなる存在だった。

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子どもだって、考えるという場面に直面すれば、しっかりとその思考の先を探しだす。そして、若い世代の意見の方が、感受性に富み、鋭さを持ち合わせている。そう考えると、真理に近いのは、こっちなのだと思う。

だから、これをぶつけられた時に、「子どものくせに!」としか言えない大人は、その時点で耳を傾けるに値しない存在なのかもしれない。けど、これが今日マイクを持っている若者に対してよく見かける論調なので、煩わしい。

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声を上げている若い世代の姿を見ると、自分達の世代は、彼らを大事に大事にし、彼らが担っていく未来をどうやって底支えしていくのかが大切なのだと思う。若い世代の思考の方が、遠い未来に繋がり、遥かに尊いのだから。

そして、「新しい時代を作るのは老人ではない」という台詞を思い出し、恥ずかしくなったので、今日のブログはおしまい。

あ。安保法案、反対です。内容も、やり方も。改めて。

子育ての“正論”

台風は去ったけれど、昨日までは思い出したように強烈な雨風が吹き続いていて。
「いや、怖かったね」とは、最近移住してきたというお客さん。空が唸っているような音をあげたかと思うと、窓やドアがガタガタと音を上げる。そんなで、今回の台風も夜中に通り過ぎていったけれど、なかなか寝付けなかったのでした。

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以前は、埼玉県の熊谷で働いていた。日本で一番暑い…と誇っていたけれど、最近はもっと暑い地域も出てきたりして、「悔しい!」という地元の人の話を聞いていると、餃子の消費量1位を争っている宇都宮と浜松みたいなものなのかな、と思ったり。

それにしても、熊谷の暑さは空気自体が熱いサウナ状態で、沖縄の様に木陰に入って風を感じると気持ち良さすら感じるのとは全く違って、逃げ場がない。周りにコンビニなどがない時には、「あ、これ、危ない…」と朦朧としてくるほどだった。

そんな命に関わるような暑さを「1位だ!」と胸を張るのは何とも不思議な感じがしたけれど、2位じゃ駄目というのは、単純に争っている内容は関係ないということだったんだろうか。

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そんな熊谷には、ホルモン焼きのお店がたくさんあって、美味しいお店をたくさん教えてもらった。熊谷時代のコーラルの近所には、もう別次元の美味しさのホルモン焼き屋さんがあったのだけど、引っ越す前に移転してしまっていた。もう一度食べたい。。。

他にも老舗と言われる結構な人数が入るお店があったのだけど、熊谷出身のダンプ松本がそのお店の冷蔵庫を空にしたことがあると聞いたことがある。食べることも仕事の様な職種だからということもあるのかもしれないけれど、ちょっと想像つかない…。

それにしても、小学生の頃はもう怖くて仕方のなかったダンプ松本も、実はかなりチャーミングな人だったようだ。

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女子プロレスラーというと、見た目でヒール役と分かる人がたくさんいたけど、北斗晶もそうだった。そんなに女子プロを見ているわけじゃなかったからブル中野と見分けがつかなかったけど、あのメイクは怖かった。

今となっては、そんなイメージを良い意味で引き継いでいるような気がする。そんな“鬼嫁”が、こんなブログを書いていると回ってきた。

出ないものはでないんだよ

いつか書こうと思っていた内容そのものだったので、ちょっとビックリ。これは、電話相談でもよくある相談内容だった。ぼくが電話を取っていた頃が、ちょうど何度目かの母乳至上主義の波があったころだったからか。

ぼくは男性だから、母乳の話に関しては全くもって説得力がなかったのだけど、同じ様な部類の相談は多かった。

簡単に言うと、“いわゆる正論”に押しつぶされる相談。目の前の子どもと日々接している中で、“いわゆる正論”が常に通じるなんてことはないし、大人のほうだって感情、行動、体調全てにおいて“いわゆる正論”通りに動けるわけでもない。

けど、特に子育てに関する“いわゆる正論”は、実行できないと子どもを蔑ろにしているような、子育てを頑張っていないかのような印象を与える。そして、それを実行者である親は十二分に理解しているが故に、プレッシャーを感じてしまうようだった。

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例えば、「小さい子には、テレビを見せない方がいい」なんてことは、自閉症や社会性の発達と絡めて良く耳にする。

けど、家事を含めていろいろとやらなければならないことがある親からすれば、子どもが大好きなアンパンマンのDVDを見てくれている間に洗濯物を干そう…だとかいうことは、日々の生活の上での工夫なんだと思う。ところが、上記のような子育て論がどこの誰を対象にしたのかも分からないデータと共に真しやかに広まると、「毎日、DVDを見せちゃってるんです…」と涙ながらに話す親が出てくる。

度が過ぎるという場合があるのも事実なのだけど、目にするそういう事実と相まって“いわゆる正論”に食い散らかされてしまっている。

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ベトナムの農村部では、“スォドリング”という育児方法が伝えられていて、これは赤ちゃんを布でグルグル巻きにして育てるというもの(興味のある方は検索を)。日本だったら虐待と言われそうだけど、数世紀前くらいまでは世界各地でみられた育児法らしく、なんと日本でもみられた方法とのこと。

いろいろと理由はあるのだけど、赤ちゃんが扱いやすいとか、母親との接触が少ないので離乳が早くなるなどの“利点”があるとのこと。

今の日本で、赤ちゃんを同じ方法で、しかも“便利だから”という理由で育てたら、「虐待!」と言われてしまうかもしれない。そうじゃなくても、例えばスキンシップが足りないからアンナ心配やコンナ心配があると言われるかもしれない。まぁ、一つ言える確固たる事実は、大事に大事に赤ちゃんは育てられているし、その様に育てられたベトナムの子どもたちは、すくすくと育っているということ。

もちろん、“スォドリング”という育児方法が文化として継承されていない今の日本では、上手に実行することが出来ないと思うので、決して勧めているわけではない。
ただ、自分達が目にしている“いわゆる正論”は、必ずしも普遍的なことではなく、時としてただの“流行り風邪”のようなものもあるということが分かるし、こういう事実を誰よりも支援する立場の人が認識しておかなければ狭小で窮屈な支援しかできないということになる。

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少し違うけれど、理詰めの正論で子どもを叱り続けることも、逃げ場のないプレッシャーに晒すことになる。「わかってるよ、そんなこと!」という“正論”で追い詰めても、言われている方は壁に潰れてしまうまで逃げるしかなくなってしまう。

そこから抜け出すには、理屈じゃないところにも原因があると認識することが大事だし、耳にする“正論”は「こうなったらいいかもね」という理想に近いだけという捉え方で、そういう緊張感の解れた状態こそが一番大事だったりするのかもしれない。

そして、これは上記の子育てに関しても同じ様に感じることです。

緩く。そして、緩やかに。

嵐の前

間が空いてしまいました。

フリースクールコーラルは、沖縄県内の民間教育団体の集まりである“オルタナティブ教育ネットワーク沖縄”に、去年からお邪魔しています。
越してくる前に、沖縄県にはどういうフリースクールがあるのかを調べていたのだけど、来沖してみて下調べ以上にいろんな団体があることにビックリ。それぞれのスペースの活動に加えて、ヨコの関係が有機的に繋がっていくことで、県内の教育状況に対していろんな可能性も見えてくると思っています。

一年以上の活動を経て、この8月には、琉球大学にてぼくのお師さんであるジャパンフレネの木幡寛さんの公開授業、数日後にはネットワーク自主開催のフェスティバルと、立て続けに行事が行われることになりました。今後、このブログでも告知を行っていきますので、チェックしてみてください。

そんなで、パソコンには向かっているのだけど、なかなかブログを書く時間がありませんでした。。。

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台風シーズン到来。一気に3個も待機中とのことで、お店を休まなきゃいけないかもしれないと思うと、嬉しいやら、懐事情を考えると冷や汗やら…。

天気予報を確認しながら、
「辺野古にコンクリートブロック落としているでしょ。あんなの台風が来て海が荒れたら、動いちゃうよ。自然の力はすごいんだから」
と話していたお客さんがいたなと思い出す。大荒れが予想される海。どうなるのだろうか。

ちなみに、個人の生活においては、天気予報を見ながらしっかりと準備をしておけば大丈夫なので、あまり心配しないようになってきていたり…。

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最近は、マイケルジャクソンがマイブームになっていて、自分の中ではマイケルジャクソンとセットになっているマドンナにもそのブームが波及している。

昔、飲み屋で隣にいた白人男性が、マドンナはただの“bitch”だと言い出して、別にマドンナに何の義理もないのだけど「なんだ?おい」と口論になったことがある。
まぁPVを観ていると確かにセクシャルなイメージが強いのだけど、いろんな人種・年齢の人が友好的な関係で出てくるのは一つのポリシーなのかなと思う。(これは、マイケルジャクソンも同じ)

最後は「あれ?鎌田行進曲?」となるこのPVも、まぁ解りやすい。

日本の場合は芸能人が政治的なことを発言することを何故だか嫌う傾向があるけど、海外では政治や社会問題に関する芸能人の発言は良く目にする。気に入らないメンバーはすぐにクビにしてしまうことで有名なとあるバンドのリーダーも、「ブッシュみたいなウソツキが大統領になったら、最悪だぜ」みたいなことを選挙前に言っていたりした。

311後の国内のいろんな発言を見ていても、この国は耳当たりが良いというか、誰からも非難される可能性のない無難な言葉しか出てこない。その反動なのか、皆が批判している人は、妙な正義感と共に滅多打ちにしてしまうのだけど。

いずれにしても、政治だったり市民運動だったりが、広く文化として一人ひとりに根付いているかどうかの違いなのかと思ったりもします。

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その反面。声の大きな人達も目立つようになってきた。

沖縄に関連した諸々の舌下事件のことを書こうと思っていたけれど、全国的にはあっという間に過去のことになってしまったような感じも。(県内のニュースではそんなことない)

キッチンでは、さすがに「なんだ、あれ?」というお客さんが普段以上に。その後も墓穴を掘るようなことが続いていて、傍から見ていると支持率の急降下に胸を張って貢献しているように見えるので、やっぱり「なに?あれ?どうなってるの??」とちょっと混乱してしまうのだけど、兎にも角にもあのようなデマを平然と言える国になっていること自体はとても怖いと再確認を忘れないようにしている。

やっぱり沖縄のことをバカにしているんだよという話もちょくちょく聞き、その度に「“沖縄人”お断りって書いてあった」というお客さんの話が頭をよぎる。

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こういうある意味“蔑視”と言っていい事件がある度に、沖縄独立!ということをチラホラ耳にする。

想像してみる。沖縄が日本から独立する。

そのとき。
沖縄県外で仕事や家庭といった生活が根付いている沖縄出身者は皆帰ってくるのだろうか。残ると決めた場合、国籍はどうなるのか。永住権の様な形になるのか。選挙権はどうなるのか。市民レベルでは、名字を元に戻せということになるのか(読みたいと思っている本→『沖縄苗字のヒミツ』 独特な名前の歴史に迫る)。などなど。戦後の歴史を通して、何となく想像できることがある。

そして、さっきの「“沖縄人”お断りって書いてあった」というお客さんの話が、やっぱり頭をよぎる。

歴史から学ぶことは多い。繰り返すべきではないことは正しく知っておく必要がある。

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県外の沖縄出身者の生活について知るには、灰谷健次郎さんの『太陽の子』が子どもと一緒に読みやすかった。まぁ、児童文学というには、ずっしりと重い内容なのだけど…。昔、『兎の眼』を一カ月くらいかけて子どもに読み聞かせした後、その流れで『太陽の子』も。

「これは…、つらいなぁ…」と唸るような子もいたけど、根底にはどこか希望が流れているような感じがして、そこはやっぱり児童文学なのかな、と。

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教科書の変遷を見てきても、この国にとって沖縄の存在が先の大戦への反省の大きな要になっていることは疑いようのないことだと思う。ただでさえ、この前のようなデマが、しかも国会議員の勉強会という場で公然と話されている現実を考えれば、もしも沖縄が日本ではなくなるようなことがあれば、この国の歴史の修正はさらに大きな渦になって押し寄せるのだろうと思う。

それにしても、今日、一番の防波堤になっているのはやっぱり当事者である沖縄の人達なのだと思うと、何とも苦々しい気持ちにもなる…。