親子、兄弟、そして『エデンの東』

やっとこさスターウォーズのDVDを借りました。けど、やっと借りられた一本は、一番最後の話だったので、ちょっとスターウォーズ熱は落ち着いてしまった。

そんなで、この前は『エデンの東』をレンタル。この映画は、もう何回観ただろうというくらい観た。ちょっと首を傾げるシーンがあっても、そんなこと関係なくなるくらい大好きな映画のうちの一本。

まぁ、何回観ただろうと言いつつ、やっぱり同じ様なところでホロホロしていたのでした。

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電話相談の仕事をしていて、親から見た兄弟の性格についての悩みに出会うことはしょっちゅうだった。

比べちゃいけないけれど、どこか比べてしまう…。いけないと思っているから、親は比べてしまったことに自己嫌悪。けど、それが重なると余計に気になってしまい、悪循環…。

悪循環は、時に「上の子さえいなきゃ、家族はみんな幸せなのに!」みたいな感情の爆発を生むことさえある。爆発の後は、更に大きな自己嫌悪になってしまうことが多いので、文字通り自分自身を削りながら生きているよう。。。

得てして、下の子は、上の子がどういうことで親に怒られたり、褒められたりしているのかをじっと見ていることが多いので、どうやったら親に気に入られるのかという面で上手に立ち回れることが多い。こう書いているぼく自身も、姉がいたので、ご多分に漏れず…だったなぁと。
(もちろん、そうじゃない場合もある。例えば、上の子が親の代理になっている場合…など。『エデンの東』も『スタンドバイミー』も“優秀な”上の子と“ダメな”下の子の話)

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家庭という閉ざされている空間を、一身に引きうけている親(特に母親)にとっては、「なんだ!この子は!」となってしまうと、なかなかその渦から抜け出すことは難しいことが多いので、ちょっと外に向けてその渦の一端を出してみると、一時的にでも落ち着くことがあるかもしれない。

例えば、上の電話相談での悩みで言えば、上の子がいるからこそ下の子が要領よく振る舞えているという、兄弟がいるからこその相互作用に気付いたり、もしくはそのことを確認することが必要になってくるかもしれない。家庭というのは、そのメンバーの数に関わらず、一人ひとりが互いにその集団性のバランスを取ろうと働きかけている。何か具合の悪いことがあれば、誰かがそれを吸い込むようにして、何とか家庭という輪を維持しようとする鎖になったりする。
例えば、この鎖は、非行という形で表れる。相談の中で、親から子どもの悪行の延々と聴き「アイツは困った奴だ」という訴えを受けても、その訴えがあまりに独善的すぎる場合も珍しくなく、“けど、そのおかげであなたは親として振る舞える立場を維持できているのかもしれないですね…”と、思わず口をついてしまうようなこともあった。(もちろん、言わない。一回限りの電話相談ではそこまで踏み込めないから)

もちろん多くの場合は、凝り固まってしまっていた視点から一歩離れ、違う視点から話をしていくことで、親も落ち着いてくれば「まぁ、そうですね」と言いながら自分の成育歴と重ねて話をしてくれたりすることも珍しくなかったです。

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『エデンの東』の時代は戦中だったけれど、今日でもこの映画と同じ様に悩んでいる、親、子どもがいるんだろうなと、改めて。本屋に行けば“子育ての How to 本”みたいなものがあったり、テレビをつければ子育て専門家みたいな人が自分の切り口で子育て成功論を言うけれど、なんだかんだ言っても親子関係や兄弟関係というものの悩みは昔から変わらないんだなぁと思うと、悩みを上手く解決する方法を…というよりも、どうやって現状と付き合っていくのか…という視点の方が大事だなと、改めて感じたのでした。

家庭の状況を一番知っているのは、もちろんその家族。ただ、自分達の中でクローズアップされ過ぎていることから離れ、一旦広い視野になり、どこか受け流してきてしまったことを見直すことは、状況を変える大きな一歩になるかもしれない。もちろん、その一歩は本当に一歩で、これから続く長い道のりがあることには違いないけれど、広い視点でいろいろな景色を感じながら進むのであれば、その長い道のりもまた違ったものになるかもしれないな、と思うのです。

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『エデンの東』の中では、家庭外からの視点を持ち込んだのは兄の恋人。ずっと離れて暮らしていた母は、どれだけ時間を経て再会しようとも、やっぱり家庭の問題の渦中にいて、外からの広い視野には成り得ないのが、何とも象徴的だなぁと思ったのでした。

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そうそう。映画自体の話も。

映画中で印象的なシーンというのは、ジェームスディーンのアドリブであることが多いらしく、若くして稀代の俳優だったのだなぁと沁み入ってきます。

もちろん、音楽もとても良い映画です。

休日の過ごし方

4月から定休日を設けるように。入院もして、「もう、無理しない方が良い年齢だよ」との言葉が身に染みたので…。

コーラル熊谷の時はダブルワークということもあって、休日は月に2日くらいだった。それが3年半以上続いていたので、こうやって定期的に休みがあるのは久しぶり。

来週の休みはどうしようかなぁと考えられるのが懐かしい感じで、とても楽しい。

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最近、沖縄こどもの国の動物園でゾウの赤ちゃんが生まれたとテレビで流れていて、これは見たいとウズウズ。。。
「ゾウって、いつまで赤ちゃんなの?」なんて、ちょっと逸る気持ちも。

なかなか、チャンスがなかったのだけど、ようやく昨日、行ってきました。
久しぶりの動物園。幼稚園、小学校、デイケアとあちこちから遠足に来ていて賑やか。

何かあった?と、覗いているキリン。

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何ですか?と、こちらも見ています。

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小さい頃の記憶に、上野公園はよく出てくる。『地獄の門』や、クジラの模型、機関車。あと、美術館のガラス窓に書かれていた模様も何故だかよく覚えている…。

昔の写真を見返してみても、上野公園で鳩に餌をあげていたりするので、やっぱり記憶通り。

そして、もちろん動物園も。

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ゾウの親子は、広場で遊んでいます。

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「ぞーうさん、ぞーうさん」と、自然に歌っている幼稚園の子も。

赤ちゃんゾウは、あっちへこっちへ。

飼育員のお兄さんと、おしくらまんじゅうをするのがお気に入りのよう。

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大人になってからは、引率で上野公園に行くことも多かった。博物館はたくさんあるし、もちろん動物園もあるから。(時には、ベーゴマを買いに熊谷から遠路遥々来たことも)

動物園の人気者はパンダもそうだけど、やっぱりゾウ。
ただ、上野動物園のゾウは足が鎖に繋がれて、「あれ、なんで?」という子がいた記憶がある。
「うーん…逃げちゃうのかな」と答えつつも、目の前は深いお掘りに囲まれていて。

やっぱり、「うーん。なんでかな」と。

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一日2回、ゾウの親子に餌をあげる時間があると聞いて、その時間をお目当てに。

時間だなぁと思っていたら、想像以上に近くにいてビックリ。近く、というより目の前。

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子どもは大喜び!(たまに「怖いー、怖いー」と泣いちゃう子も)
遠足のグループは、お昼ごはんに合わせているのか、流れるようにいなくなって、残り30分くらいはポツポツいるお客さんの中でのんびり見ていられるなぁと思っていたら、お母さんゾウにご飯をあげさせてくれました。

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途中、疲れてきたゾウに「さぁ、あと20分頑張りましょうね」と、飼育員のお兄さんが声をかけていたりして、ゾウもお仕事、偉いなぁと。

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帰りには、最近オープンしたショッピングモールのライカムへ寄り道。

この前、お教室の子が、
「ジングルベール、ジングルベール」と歌っていて、
「ちょっと気が早くない?」と笑っていたのだけど、クリスマスプレゼントの話をすると、

「今年は、3D迷路が欲しい」とのこと。

どうやら、ライカムの中の本屋で見つけたらしいのだけど、本屋の何処に売っていたのか詳細に説明してくれたので、その説明通りに探しに行って、ちゃんと現物を見つけてきました。これは確かに面白いかも…。

ただ、買って帰ったのは問題集だけ…と、知ったら怒るだろうな…。迷路は、半年後の楽しみだよ。。。

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帰ってからも、撮りまくったゾウの写真を見ては、「次はいつ行こうかな」とばかり。うーん、楽しかった。

それにしても、ゾウは優しい目をしていたなぁ。

足元を見てみるということ

GW明けには梅雨入りするかも…なんて言っていたのに、毎日夏のような空が続いていて、今年はカビとの戦いはないかも!と喜んでいたけれど、甘かったです。ジトーっとしてきて、天気予報も傘マークが並び始めました。

そして、奄美地方に続いてようやく梅雨入りです。

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キッチンにはテレビがついているのだけど、最近は中国の観光客が酷い…みたいな番組が続いていた。

このブログにも書いたことがあるように、うちに来てくれた中国のお客さんはとても良い人ばかりだったけれどなぁと思いながらこういう“煽り”を見ているのは不快なので、スタジオから一方的に「そうだ!そうだ!」と言っているタレントが出てきたら、さっさとチャンネルを変えることにしている。

ちなみに、最近ツイッターで見かけて妙に頷いてしまったのだけど、観光客が集まる国際通りなどに行くと、振る舞いということでは、国内の旅行者の方が目につくことが多い。「沖縄!リゾート!」という気分転換はもちろん良いのだけど、それなりの年齢の人がヤンチャな格好になって徒党を組むようにぞろぞろ歩いているのをみるとちょっと苦笑いするし、その中には旅行先で気が大きくなりすぎているのか、明らかに「旅の恥はかき捨て」とハメを外している人もいて、何だかなぁと思うこともある。

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ちょっと思い出話。。。

以前の職場は、15分くらい歩くと新大久保という場所にあり、昼休みにご飯を食べに行く先には外国人がアルバイトをしていることが普通だった。

ぼくのお昼ごはんは、ラーメン、牛丼のサイクルというメタボまっしぐらなもので、牛丼を食べる時には松屋(←沖縄にはない)に行っていたのだけど、そこでも中国人の若者がアルバイトをしていた。

ある日のこと。

おばあちゃんが券売機の前でずっと立っている。この時、パッと声をかけに行ったのは彼だった。

「何か、わかりませんか?」
「どうやって、(食券を)買えばいいんですか?」
「お金を、ここから入れて…」
「あぁ、そうね…」

それでも、券売機とにらめっこのおばあちゃん。すると、横にいた彼に、

「天丼、どれ?」
「???」
「天丼」

食べていた牛丼を吹き出しそうになってしまった。。けど、彼は、

「すいません、ここは牛丼屋だから、天丼はないんです。けど、牛丼も、お肉を軟らかくしていて…」

と、一生懸命おばあちゃんに説明をしていた。

なんだか嬉しい昼休みだった。

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周期的に、「最近の子どもは…」といった話題がテレビで取り上げられる。最近、またまた「子どもがキレる」という特集がやっていたようで。これで何回目だろう。

首都圏で働いていて、電車通勤をしたり、飲みに行ったりしていると、“キレている”人に出くわすことは珍しくなかった。

そういう時に、“キレている”のは、ほとんどの場合が中年男性である。電車でそういう場面に出くわす時には、“キレる”までの経緯を隣でやっているもんだから、アホくささは倍増してただただ迷惑だなぁと思い、そのせいで電車が遅れたりなんかした際には、ウルセーコノヤローとこっちがキレそうになったもの。

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またまた思い出話…。。。

小学生低学年の頃、“キレちゃう”女の子と同じクラスだったことがある。まぁそれはそれはなかなか激しくて、引き出しの中が全く整理されていない机を、絶叫しながらひっくり返したりはしょっちゅうで、踏まれ投げられ続きのランドセルは低学年の間に“お古”みたいな状態になっていた。

そんな彼女と、高学年になって再び同じクラスになった。以前のように目立つ行動はなかったのだけど、なんとなくみんな昔のことを覚えているような毎日。

そんな中でのある日。
男の子が集まって腕相撲をしていたところ、何故だか忘れたけど、彼女も一緒に参加していて。

「なんで!強い!」と、男の子が軒並み彼女に負けていったのでした。

「え、普通だよー」と、腕相撲をしながらもニコニコしている彼女にポキっと負けてしまった男の子の中には、複雑なお年頃に入ってきていた気持ちも折られてしまっている子もいたり。「おれ、負けた…」と。。。

その後、運動会の練習でも「走るの、速かったんだ!」となったし、みんなでワイワイする中に一緒にいることが多かったような。

小学生時代のことを思い出すと、彼女が腕相撲しているところとか、走っている姿っていうのは、かなりはっきりとした“絵”として浮かんでくる。なんか嬉しかったんだよなぁ。

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“最近の若い者は…”のような、十把一絡げの論調は昔から。けど、こういう風に“論じる”のは大人で、話題として作り上げていくのも、また大人。テレビや新聞のこちらにいても、インパクトのある事象を絡めながら同じ対象を見つめるから、一見何か“論”が通っているように見えることもあるかもしれない。けど、ふと自分達の足元を見た時に、はたしてそれは正当な“論”なのか??
(例えば、「“キレる”子どもにするといいこと」を、“キレる”大人に当てはめてみたらどうだろう?脳の気質だなんだと一見“科学的”に説明されていることに、筋を通すことは出来るのだろうか。甚だ疑問)

また、“~人の観光客は…”みたいなものは、ただただ印象的なものに過ぎず、その印象が広がることからは歪んだ認識しか生まれなく、そうなると本来存在しえた友好すらなくなってしまう。これも、自分達の足元を見つめ直すことから始まる一歩があるような気がするのです。

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思い出話になると、書こうと思っていたことが吹っ飛んでしまうのはいつものことで…。

何だったっけ??と思いながら、今日はここまでにします。

極々私的話題~『スターウォーズ』から

お教室に通ってきている子が、「ライトセイバーを作ったよ」みたいにスターウォーズの話をしていることが多いなぁと思っていたら、どうやら今年中に新作が出るらしく。

ぼくは、ジュースにスターウォーズのおまけなんか付いていた際には、ホイホイ買ってしまう世代なので、

「ほら、これ、知ってる?」
「ん?映画は見てないから知らない」
「あ、観てないの?ジャぁバーぁ…だよ。フぉフぉフぉ…って」
「何それ?カエル?」
「カエルじゃないよ。お金持ちだよ。カエルは食べちゃうんだよ。フぉフぉフぉ、ジャぁバーぁ…って」

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そんなことをしていたら、
「観たことないのにマネしちゃってたよ。フぉフぉフぉ…って」
と言われた。

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ぼくが小さい頃は毎週木~日曜夜9時からテレビで映画をやっていて、当時はレンタル店もなかった(そもそも家にビデオデッキがなかった)から、「再来週の土曜はスターウォーズだなぁ」なんて、ワクワクしながら過ごしていた。放送当日は家族みんなでテレビに向かっているもんだから、コマーシャルの間にトイレの取り合いになったりしていたもの。

今は、いろんな映画を好きな時に見られるようになったから、興味の広がり方自体が本当に自由になったけど、それに伴って映画一つ一つへの緊張感みたいなものもフリーになっているなぁと感じることも。まぁ、街頭テレビに大勢の人が群がっていたのを懐かしむ感覚が、次の世代に合わせた形で受け継がれているようなものなのかな。

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ご近所さんから譲っていただいたDVDがたくさんあるので、テレビを見なくなった最近は、片っ端からそれらを見ている。

なかなか自分から進んでは観ることのないハリウッド映画の“○○マン”みたいなものを立て続けに観たり、チャンツィーの映画を連続で観たり。

そうすると、観もしないで勝手に“同じ様な映画”として括っていたジャンルに、実は出来不出来に大きな差があるんだなぁと発見。面白い。

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“同じ様な映画”というと、生き物が大きくなって出てくる映画の話ばかりして、通ってくる子どもと一緒に観ていた時期もあった。

ぼくは、こういう映画はそれこそテレビで放送している時にしか観ないのだけど、“生き物大きい系”の映画は、「あれ、この前もテレビでやってなかった?」というくらいに頻繁に見かけるものに当てはまることが多い。そんなだから、

「どんな映画が好きなの?」と聞いた子が、
「『ザ・グリード』が一番好き」と放送頻度の高い映画を答えた時に、テレビの影響ってすごいなぁと改めて思ったりもした。

ちなみに、“生き物大きい系”の映画は、話が進むと、さらに大きいのが出てきたり、飛べるようになっちゃったりして、主人公の仲間から裏切り者が出てき、そして最後はだいたい爆発して終わるから、出来不出来とか関係なくどれがどの映画だったのか結局わからなくなる。

けど、怖いものを顔を覆った手の隙間から覗くような年齢の子にはものすごく人気のあるジャンルで、以前みんなで映画観賞会をしようとDVDを持ち寄った時に、『トレマーズ~1』『~2』『~3』を持ってきた子がいて、「さすがにこれ全部はさぁ…」と苦笑いしたことがある。

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話をしていたら、妙にスターウォーズが観たくなって、いつでも観られるなんて便利になったなぁと言いながらレンタル店に行ったら、全部貸し出し中になっていた。

「やっぱり、みんな同じことを考えているのか…」と、がっくり。

その後、度々レンタル店に行くものの、「またない!誰!借りてるの!」が続いたので、その気持ちの流れなのか『アウトレイジ ビヨンド』を借りてしまった。

スターウォーズに比べると随分とスケールの小さい戦い。

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スターウォーズの新作は予告編まで出来ていて、それを観たらなんだか昔のワクワクみたいな気持ちが湧きあがってきた。ただ、そんな気持ちになったがばっかりに、「レンタルを待つよりDVDを買った方が早いんじゃないか」と言ってしまった自分はちょっと恥ずかしい。

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ちなみに、ここ数年に観た中で一番良かった映画は、『東京物語』です。

支援という言葉でアレコレ

今年は、早くも台風が。「早いね。まだ5月なのに。珍しいね」なんて話を聞いていると、何だかものすごい台風が来るような気がして、店の看板を片づけたりと準備万端に。

「こりゃ、キッチンは休みにしないとな」と勝手に算段して、食べ物と飲み物を買いこんで、おまけにDVDでも借りに行かないと…なんて思っていたのだけど、近づいてくるにつれて「昼過ぎには沖縄を抜けます」みたいなニュースになっていて。

あら…と思っていると晴れ間が見えていて、気がつけば、キッチンでお仕事でした。

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先日、関東からのお客さんがキッチンに。最近こちらで話題に挙がっていた教育雑誌の編集をしていたとか、以前ブログでも書いた隣町の自由学校の国語の先生の話題が出たりとか、さらにはフレネ教育を行っていたなどなど、「そうなんですか!」とビックリすることがたくさんだった。

講座を行うために来沖されたとのことで、県内のいろんな話題も。その中で、

「結果として、(社会)問題を継続していくような形の支援はしたくないんです」

という言葉に、ものすごく共感したのでした。

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“支援”という関わり方は、いろんな形がある。社会問題に対する“支援”自体は、行為者の問題意識の高さや良心に基づいて行われていることが多いので、あまり非難の対象にはなることはないのだけれど、「やってない人よりはマシでしょ。文句は言うな」みたいな場面に出会うことも珍しくないので、傍から見ていて随分な関わり方だなぁと思っても、やっぱり口は噤んでしまう。

そういう場では、思いを表現したいのは伝わってくるのだけど、話をしても互いの最大公約数をひたすら出し合い「あぁ、そうですねぇ。わかります」みたいになる。何だか、最近よく耳にする言葉を随所に散りばめたような感じに。そもそも当たり障りのない最大公約数だから、支援とか何にも関係ない人にとっても「あぁ、そうですねぇ。わかります」の言葉であって、観念的かつ表面的すぎて結局何の話をしているんだかよくわからなくなってきたりもする。

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ちょっと脱線…

「コピーライター語が日本語をダメにしている」と書いている人がいて、半年前くらいに“誰も反論できないワンフレーズ”と自分が書いていたことと同じかも、と思った。

上に書いた“最大公約数”というのも同じ様な意味だろうか。

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「子どもは褒めましょう」という言葉がある。これに、「成功体験」だったり「自己肯定感」だったりという言葉が絡み合ってくる。もちろん「褒める」ことは否定されることではない。けど、気がつくと、何が何でもこういうことを提供することが一番大事だ!なんてなってくる。

言葉に振り回されていくように、ただ「褒める」ということ自体を目的に置く関わりを目指すとなってくると、「???」となる。以前、授業の中で子どもとこの様な話をした時、「そんなのわざとやってるの、わかるよ」というのがみんなの反応だった。

まぁ、何か変なの…と感じるのは当然。けど、子どもは大人に合わせる。それを見て、大人は“上手くいった”と思う。

子どもと大人。鈍感なのは、大人のほう。

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言葉に振り回される。

「子どもは褒めましょう」という言葉を投げかけられる親がいる。それはわかっているのだけど、なかなか上手くいかなくて、「うちの子には、褒めるところがないからできません」と答えたりもする。

相談室に、親子で遊ばされる。親の耳にはイヤホン。

「これから5分以内に、10回お子さんのことを褒めてください」と、別室でモニタリングしているカウンセラーに言われる。

上手く出来ない。そうすると、

「今、お子さんがしたこと、褒めてください」と、またまた別室から指示を出される。

相談の最後には、「あの時、良かったですね」と、カウンセラーから親は“褒め”られる。そして、カウンセラーの記録には、“親をエンパワメント”云々…。

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さておき。
“支援”という言葉で思い出したこと。

ちょっと前に、SNSで流れて来た大学の授業の記事。簡単に書くと…、

文化祭で疑似経営体験として模擬店を出す。食べ物などを売るグループは良いのだけど、文房具を売るグループは頭を悩ます。学生は、当時ノーベル賞で話題になったマララさんを取り上げ、500円で1本のペンを買ってくれたら2本のペンを途上国に寄付をするという方法を思いつく。ネットでマララさんの演説や映像を集めて、それで“CM”する。結果、寄付を集めることにも繋がり大成功。文化祭終了後、ペンと寄付(8000円くらい)という途上国への支援もできた。売る側も買う側も気持ちいい商売になったし、めでたしめでたし…

というような話だったような。

ぼくは、「こういうこと、していいの?しかも大学という場で??」と、甚だ疑問だった。
(このブログを書く前に記事を読み返してみたけれど、大学名も出ていて何より投稿者がこの課題を出した人だった。好意的な感想も彼方此方で見た気がするので、疑問を持たれるのはぼくの方なのかもしれないけれど)

自分達が売りたい物のために、“他人(しかも若年で、大変な思いをした人)”を持ちだす。その対価として“寄付した”ことを、“支援”と捉え直し、肯定する。

マララさんと同じ問題意識を共有したいという気持ちから、そのために何が出来るのかと工夫を出し合うのであれば共感できるのだけど、所詮疑似経営体験のために奔走しただけで、こういうやり方は、マララさんを体良く利用しただけでは?としか思えない。売る人買う人みんなが気持ちいい…っていうのも、寄付を受け取る側は不在の上でのことで、その裏には、ペンと8000円を送ったんだから喜ぶだろうという一方的な解釈があるのだとも思ってしまい、これがビジネスの勉強だから…という理由で教育的に認められるのであれば、とても歪なものに見えてしまう。

パッと読んだ時に、言いようのない嫌悪感を抱いたのは、どこかでマララさんを“支援を受けて当然の立場の人”という風に、“この日本という上”から見ている印象を持ったからかもしれない。教育的観点、人権という視点からすると、どちらの方が未熟なのかは明らかだと思うのだけど…。

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“支援者”という集まりの中に入っていくと、こういう“上からの目線”というか“階層意識”みたいなものをものすごく感じることがある。要は、支援者が、支援を受ける相手をどこか見下しているのだ。“施しなの?”と思うことすらある。

例えば、子どもの貧困に対して、とりあえず高卒の資格を取れば就職できるだろう…という視点での“教育支援”を行う。支援をする立場の人は大学を出てそれなりの勉強の体験を積んできている。けど、自分が得た体験は目の前の子どもには必要ないという目を向けているのである。家庭の経済状況によって教育支援を行うということが、家庭の経済状況によって教育内容にリミットを設けること(「まぁ、この子はこのくらいできればいいだろう…」という風に)に結びついてはならないと思う。

こういう視点の下だと、“貧困家庭の子のため”と設置し行う支援が、その社会層を再生産する道となる可能性も大きくなり、そうなると支援を行えば行うほど“支援”という名の下で、せっせとこの道を踏み固めていることになりかねない。何のために働きかけているのか、原点を見失うとあらぬ方向へ歩んでいることにもなる。

冒頭のお客さんの言葉に共感する所以はこういう懸念にもある。

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地域社会からは“支援の場”として捉えられていても、ただただ子どもと一緒に楽しい場所を作りたい!という風に活動している人もたくさんいて、そういうスペースの皆さんと交流をしたりすると、こちらもその楽しい場所を全身で感じられて、文字通り自分の“身”になっていくような時間になる。生徒と教師でもない何とも独特な関係で、子どもも大人も一緒になっている。ファミリー…というのが一番近いかな。そういうスペースは、通ってきている子を「あれ?ボランティアさんだと思ってた!」と思ったり、もちろんその反対もあったりするくらいに、みんな一緒になって時間を過ごしていた。

こうなると、“支援の場”という言葉よりも、“共生の場”だなぁと。ちなみに、こういう場所では「すごい!すごい!」という褒め言葉もとても自然に生まれ、飛び交っている。

フリースクールという場所に関わっている立場として、もしも学力の問題がなくなったとしても、もしも貧困の問題が解決されたとしても、もしも不登校が問題ではなくなったとしても…、やっぱり教育の場として存在している意義を持っている場所でありたいなと。そして、そのための大きな柱の一つは、この様な“共生”ということだと思っています。

“あぶらかす”に出会う

いつも仕入れに行くお店で思わず「あ…」と声を漏らしたのは、“あぶらかす”が売っていたから。そして、この前買ってみた。

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埼玉にいる頃、『被差別の食卓』上原善広 著 新潮新書 という本を何度か読んだ。この本の冒頭に“あぶらかす”が出てくる。この“あぶらかす”は、牛の内臓をカリカリに揚げたもので、被差別部落で食べられているものらしい。これを菜っ葉と一緒に煮たものが著者にとっての母の味として紹介されている。

本書は、大阪の被差別部落で生まれ育った著者が、幼い頃から“あぶらかす”を家庭の味として親しんできたけれど、中学生くらいになって“あぶらかす”が一般の人は知らない食材だったことにショックを受けたというプロローグから始まる。

本文は、アメリカやブラジルなど世界各国へ出向き、人種や宗教などの面から差別を受けてきた人達が、どの様な食文化を築き、またそれがどの様に受け継がれているのかについて調べていて、食事という切り口から、差別を受けてきた(受けてきている)人達の歴史、生活について掘り下げたルポになっている。

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いつもお世話になっている近所のお母さんがいらしたので、「買ってきたんです」と“あぶらかす”を見せると、

「あぁ、これは鶏?豚?」
「???」

さっきの本は大阪の話だったのだけれど、沖縄では「昔は家で作ってたよ」とのこと。大阪とは違ってポピュラーな食材のよう。“豚は鳴き声以外は食べる”という沖縄。“スーチカ”という豚肉の塩漬けの話などなど、「ご馳走だったよ」というメニューをいろいろ教えてくれた。“あぶらかす”は、お味噌汁に入れていたとのこと。

家に持ち帰って、からし菜と一緒に煮物にしてみた。美味しい。

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自分に身近な“母の味”が、隣にいる皆には存在しないものになっているという、ストンと暗闇に落ちるような感覚。著者のように、この事実を直視し、自力でその暗闇から出てくることもあるかもしれないけれど、ストンと落ちたままの人もたくさんいると思う。(その味を避けるようになる…など)

著者は、アメリカの黒人独自の料理の呼び名である「ソウルフード」を引き合いに出して、世界各地にも「ソウルフード」に当たるものがあるのでは…とし、

それらは、差別されてきた独自の食文化、いわば“抵抗的食文化”と呼べるのではないか、と思った。差別と貧困、迫害と団結の中で生まれた食文化。

と書いている。時と場合によっては、ソウルフードの存在自体が差別の象徴になるようなことがあったとしても、著者の書いている様に捉え直していくということこそが、暗闇から出てくる大きな道標であると思う。

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昨年、俳優の米倉斉加年さんが亡くなった。小さい頃、家にある絵本の中で、絵が怖くて恐る恐る見ていたのが『多毛留』だったのだけど、亡くなったと聞いて初めて米倉さんとこの絵本が合致した。

米倉さんが出演していた焼き肉のタレのCMは記憶にあまりないのだけど、このCMに伴うエピソードも亡くなってから知った。

米倉斉加年さんとモランボンの「ジャン」

このリンク先にも書いてあるけれど、今でこそ普通にスーパーに並んでいるキムチも、昔は“チョーセンヅケ”と呼ばれ、“食べるとバカになる”とまで言う人も少なくなかった。買って帰ろうと思っても、途中に電車を乗らなきゃいけない場合には「周りの人に、匂いが迷惑だからね」と買うことを止めていた。周りの人に迷惑がかかる…ということと、変な因縁をつけられかねなかったからなのかもしれない。

ここで言う例えのキムチは、上記の“抵抗的食文化”とは違う。元々多くの人にとって身近な食文化だったものに、後から差別が乗っかってきたものだから。ただ、一つの象徴であることとしては同じだと思う。今日となっては、誰でも手に取りやすい存在になったことを、安堵の気持ちで見ている世代もいるかもしれない。

たかが、一つの食べ物。けど、ただただ日々を暮らしていく上での安心が、それを社会がどう捉えるかによって、これだけ左右されることもある。互いの文化を尊重する…というのは、何も大げさなことではなくて、こんな身近なところから少しずつでも意識していく必要がある。

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“あぶらかす”の話をしながら、思い出したのはホルモン。ホルモンという呼び名に関しては諸説あるみたいだけど、まぁ内臓を頻繁に食べるということは、一般の人にとってあまり身近ではなかったことには違いないみたい。

一般の人が食べないモツを、母が何度も茹でこぼして丁寧に下ごしらえしたものが一番のご馳走だった…という手記をどっかで読んだことがあって、誰の本だったか…と家じゅうの本をひっくり返したけれど、結局わからなかった。

確か九州の話だった気がするのだけど。カンさんか、ソンさんだったかな…。

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『被差別の食卓』では、著者のお母さんが他界されたために、「あぶらかすと菜っ葉の煮物」を食べることがもうできない…と、書いてある。ぼくも、埼玉から沖縄に来て、小さい頃に母が作っていた料理を自分で作ってみたり、メニューに出しているお店に行ってみたりもするけれど、やっぱりちょっと違う。この文章を書きながらニュースを見て、今日は母の日だったと思うのだけど、本来の母の日の意味とは違って、小さい頃の舌の記憶が呼び起こされる一日に…。

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沖縄には“てぃーあんだー”という言葉があって、これは直訳すると“手の脂”ということ。作った人の手の味が、料理に入っているということらしいけど、お母さんやおばあさんの手作りの味という感じで使う人もいる。
50代のお客さんは、「何でか、おばぁ(お母さんのこと)のチャンプルーが一番おいしんだよねぇ」とよく話している。いくつになっても、いろんなものを食べても、やっぱり一番だそう。上述の本でも、同じ様な記述があった気がするし、皆にとって共通のものなのかも。

“てぃーあんだー”という言葉を思い浮かべると、家庭料理は、いろんな時間を掻き分けて、いろんなことを抱えてきた手で作るのだから、一番身近で身に染み入っていく文化なのかもしれない…と思ったりもするのです。

連休

道を走っていて、“わ”ナンバーを見かけることが増えてくると、「あぁ、旅行シーズンなんだなぁ」と思う。キッチンは、近所のお客さんが圧倒的に多く、旅行者のお客さんは少ないので、みなさんお出かけのゴールデンウィークはひっそりとした営業。朝からのんびりうどんを打っています。

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この前は、遅い時間に若い夫婦のお客さん。日本語メニューを読んで日本語で注文しているけれど、「あれ?」と思っていた通り、中国からのお客さんだった。

「日本語、上手ですね」と話していると、どうやら日本で働いているとのこおと。しかも技術者ということなので、優秀な方なんだろう。普通に沖縄の交通の説明をして、こちらからは“餃子”や“チャーハン”の発音を教えてもらったりしていた。

帰り際、「沖縄は良いところです」の理由を、海・気候…といろいろと挙げている中に、何とかうちのお店のことを含めたいというのが肌で伝わってきて、こちらも「うん、うん」と一生懸命返事をしていた。

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連休終盤は天気が崩れそうと言っていたけれど、雨の予報だった今日も晴れていて暑い。

そう言えば、今日は、“わ”ナンバーが割り込んできたりして、ちょっと危なかった。

沖縄の道路事情はなかなか独特で、時間帯によって中央線が変わるというのもその一つ(ぼくは沖縄でしか体験したことがない。今となっては日常だけど…)。いろいろと目を引く景色もある中、レンタカーが事故っている場面も珍しくないので、運転には十二分に気を付けてくださいね。