体験会へ

お世話になっている方にお誘いいただき、いろいろな体験をしてきました。

まずは、水汲み。湧水を求めて行くと…、

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想像以上の水量!タンクに水を汲もうとするも、びしょびしょ。

その後、一人20リットルの水を運ぶのは、なかなか大変でした。

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けど、途中目にすることのできる景色は絶景。今度お客さんが来た時には、是非紹介したいところに。

その後も、火おこしに四苦八苦したり、窯に火をくべたり、ワークショップに参加したり…。密度の濃い一日でした。筋肉痛は何日後に来るかな…。みなさん、ありがとうございました!

 

売りものではありません。

先日、買い物で八百屋に寄ると…

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すっかりくつろいでいらっしゃいます。ほのぼの。

 

今日は、探し物と調べ物で少し遠出。駐車場もあって、シオマネキのいるマングローブも見つけたので、大きな収穫ありです。シオマネキは警戒心が強いらしく、写真は撮れませんでしたが…。あと、ラーメン屋さんも見つけたのでこれも収穫。

帰り道、変な音がすると思うと、頭上にオスプレイ。もう当たり前のように飛んでいます。今日遭遇したのは、那覇と浦添の境目あたりでした。

けど、伊江島は本当にひどい状況になっていると、沖縄のニュースでは取り上げられていました。島の人は、インタビューに対して、もう言葉も出ない様子でした。「伊江島土地闘争」と言う戦後沖縄の大きな出来事のあった土地なのですが、憔悴しきっていました。反対の声と実際に進められていることのかい離の仕方はひどいもので、いろいろなものを奪っています。

構図は明らかです。その中で、コーラルとして沖縄で何ができるのか。実際に暮らしていろいろ肌で感じた上で、来沖前の考えに加えなくてはいけないものを構想中です。キーワードは“民族教育”。

 

夏の思い出

直前のブログで書いた、高校時代の旅行の話。10年くらい前、フリースクールの通信を作るために旅行の話をまとめた原稿が出てきた。伊豆大島のことをいろいろ思い出したので、少し長いけど転載。お時間のある方は、どうぞ。

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「旅行っていうのは苦労してナンボ!帰ってきてくたくたに疲れているのがいいんだよ!温泉でヌクヌクポカポカしてる場合じゃねぇ!もっと、こう、自分をボカボカしてるような…」
これは高校時代の友達との会話。みんなそれが当たり前だと信じていたし、こういうのを旅って言うんだと信じていた。

18歳の夏。期末試験終了日。出発は当日夜のため、試験が終わったら即家に帰って寝なくてはならない。いかんせん前日までは一夜漬けでテスト準備をしていたために、目の前に広がる世界は白くぼんやりとしている。気を抜いたら真っ暗闇の眠りの世界へ…。
しかし、家に帰るとちょうど親戚がわんさか来ていて賑やかでは。眠れない。焦る。余計眠れない。そうこうしているうちに出発の時間に。

集合場所は、高校の前・東京都練馬区。当時の自宅は埼玉県入間市。なんと集合場所までに一時間以上!こんな準備運動ってない。夜9時の集合時間に合わせて自転車をこいでいると、
「パン!」
「???」
なんと、パンク。集合場所までいけないでは。この時間では、自転車屋さんも閉店。コンビニでセメダインを買い、シールを貼ってみるも、空気入れがない。そもそも、こんなんじゃ直らない。

「すいません!」
気がつくと閉店している小さな自転車屋さんの裏口の呼び鈴を押していた。
「あ。もう終わってるんだけど」
「他に頼るところがないんです」
「飲んじゃってるよー。いいの?」
「お願いします!」
その後、閉店したお店に明かりをつけてもらい、修理してもらう。
「いやー、何か若い子がパンクしたとかで直してんだよ。もう、いい感じに飲んじゃっててさぁ。ん?明日?競馬?……」
誰と話しているんだか、電話片手に工具を動かすおじさん。
「ほい!終わった!割引するよ。」
「いや、でも…。」
「いいんだって!若いんだから!!」

そんな珍道中の幕開け。目指すは熱海。夜中中走る。ブレーキが切れるH、走りながら寝てるK、「やっぱ音楽聴きながら行きたいっしょ!」と、後ろの荷台に荷物より重いラジカセをくくりつけてくるW…。それでもみんな何かに追われるように自転車をこぐ。さらには横浜で迷子になり2時間迷ったり…。

そして、午前11時。ようやく熱海へ最後の下り坂。
「あ。見えた。やったぁ…。」(元気なし)
最後の気力を振り絞ると同時に「プシュー…」。なぜか目前でパンクしちゃうA…。
ぎりぎりセーフで伊豆大島行きのフェリーに。その船中。
「大島行きのフェリーって、東京からも出てるんだよね。別に熱海まで来る必要ないんだよね。」とM。一同脱力。

大島到着から宿へ最後の上り坂。
「わー!」と登ると、
「はれ?ギアが軽い!」
宿目前にてチェーンが切れちゃうM…。一生懸命こいでいるも、後退するばかり。聞こえてくるのは「シャカ!シャカ!」と、空回りする小気味良いペダルの音。
「先に行ってて…」
遠ざかる空回りするペダルの音…。

泊った場所は事前の写真と全く違って土間。風呂なし。仕方なく隣のホテルで風呂に入るも全身日焼けで激痛が走り入れない。
「絶対入ってやる!」
と、なんだかよく解らない根性論を振りかざして、余計真っ赤になってるK1。トイレの鍵をかけないで入っていて、ノックも無しにドアを開けられたのに「ごめん…」とズボンを下ろしてしゃがんだ状態で日焼けの顔を赤くしながら言ってるK2…。笑いは絶えない。

二泊目は「もうこんな生活や嫌だ!(一泊しかしていないけど)」と宿を飛び出して、砂浜へ。打ち上げられたクジラのようにぐったり寝ている姿がよほど可哀相だったのだろう。地元の人が開店前の海の家の屋根をかしてくれた。ありがたい!けど、壁がないので朝起きるとまぶたを虫に食われてしまっている。大島の豊かな自然に育まれた虫はのびのび成長していて、強く、そして加減というものを知らないらしい。ぼくのまぶたは試合直後のボクサーのようになっているでは…。

そんな状態でも出発。ちなみにラジカセを持ってきたWは「やっぱり重い…。ハンデありすぎ」と、勝手に持ってきたくせに言い出す。
「置き土産…」と、波止場に置いてそそくさと出発しようとすると、、
「お兄ちゃん!忘れ物!」と、地元の人。
「あ!すいません!ありがとうございます!いっけねぇ!!」なんてカタコトのW。

実は、往路があまりにもキツかったので自転車は宅急便に乗せて電車で帰ろうという話もあったのだけれど、
「家に電話したら、『だからおめーにはできないって言ったんだ!』と、親父言われたからよ!おれは一人でもチャリで帰る!」
というWの言葉で結局みんなでペダルをこぐはめに。

それにしても炎天下。のどが渇いてしょうがない。
「ちょっと待って。ウーロン茶買う。」
みんなで自動販売機の前で小休止。みんなぼんやりしていると、
「おふ!」
「ん?」
「これ、ほら、ホット!」
この炎天下の中、なぜかアツアツのウーロン茶を買ってしまったW。
「ほら、お土産に…」
なんて土産好きなやつなんだろう。

途中大磯で一泊いれて、海で遊ぶ。あれだけヘトヘトなのに、みんな気がつくと海パン。
「海だー!」
「ほら!走れ!走れ!!」
海開き前の海岸を男7人で走り回る。波ではハードル競争したり、とにかく転がったりと、なんともバカそのものの絵。久しぶりの布団で泥のようになって眠る。

本当は成績を渡される登校日前日に戻る予定だったけれど、遅れに遅れて予定日の夜中に学校に帰還。守衛さんにお願いして、学校のロビーで寝かしてもらうことに。
「風呂、入りたくない?」
みんなでこっそりプールの柵を越える。お風呂の気分なので、プールサイドで頭を洗ったり。湯船と化したプール(水なので日焼け肌には適温)でのんびり泳ぐ。

そして、ロビーに戻って就寝…といきたかったけれど、
「あ!ゴキブリ!おれ、だめ!」とK2。ここまできて、最大の敵はゴキブリとは…。小さな強敵(多勢)に追い出されるようにカラオケで一晩越す(寝る)。
翌日、自転車で帰宅。お土産は、成績表オンリー。いっそうペダルをこぐ足が重くなっていった…。

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「なんでそんなことするんだ。行かなきゃいいのに」と祖母に言われたけど、無茶そのものの旅行だった。なんとも懐かしい。ちなみに、一緒に自転車をこいでいた友人の中には、今、政治家、弁護士、会計士…という道にいる者も。それぞれ自分の考えを突きとおすかのように、走り続けているようだ。「あの旅行は人生の転機だよ」なんてお互いに言い合える時間を過ごした場所。それが僕にとっての伊豆大島。

台風に気をつけて

台風は大丈夫?と関東から心配の声を頂いたりもしていたのですが、沖縄よりも内地の方が影響が大きかったようです。中でも、伊豆大島の被害は大変心配です。

僕は、高校時代に都内から同級生とママチャリに乗って熱海まで行き、フェリーで伊豆大島まで行ったことがありました。ちょうど元町近辺をフラフラし、初日は山の上にあったユースホステルに一泊。二泊目は浜で野宿をしようとしたら、「泊まっていいよ」と開店前の海の家で寝かせてもらったのでした。ちょっとした思いつきで行った旅行でしたが、人生において大きな出来事でした。

テレビに出てくる様子を見ると、何だか通ったことのある場所が映っているようで胸が痛いです。復旧という間もなく、次の台風が来ているようなので、念には念を入れた対策を…。

アンパンマンのこと

やなせたかしさんが亡くなったそうです。
アンパンマンだけではなく、『手のひらを太陽に』の歌詞も作られていたとは知りませんでした。小さい頃に、いろんなところで触れてきたのだなぁと改めて感じます。

個人的なことですが、アンパンマンというと、近所にあった商店街の本屋さんを思い出します。その本屋さんは、怒られたことがあるという友達が何人もいるくらい頑固なおじさんが、自転車で通ってきながら一人で営んでいる小さな小さな本屋さんでした。まだアンパンマンがアニメになっていなかったくらい昔、僕はおじさんが店番をしているレジの横に並んでいるアンパンマンの絵本をひたすら立ち読み(座っていたかも?)していたのでした。おじさんに、何も言われることなく…。

「ちゃんと挨拶に行ってたんだよ」と大人になってから母に言われたこともありますが、ある友人は、本を買う時に計算ができなくて有り金全部を出したら、「おじさんが悪い人だったらどうするんだ!」と叱られたとか。普段物静かなおじさんが怒るのは、今になって思えばその様な時だったのかもしれません。そんなおじさんも、年に一度の商店街の夏祭りでは、いつもと違う表情で綿あめを作っていたような記憶もあります。

おじさんの本屋さんも、ずいぶん前に閉店。おじさんが自転車で通ってくる姿も見かけなくなったのでした。チェーンの本屋ばかりになった今となっては、懐かしい気持ちを伴いながらいろんな場面を思い出します。けど、僕自身は見ることのなかった、ひたすらアンパンマンを立ち読みしている少年の真横で店番をしているおじさんがいる場面…見てみたかったなぁ。

アンパンマンを目にすると思い出す、懐かしの本屋さん。今日は、いつもよりもはっきりと思い出したのでした。

最後に、アンパンマンの思い出の感謝と共に、やなせさんのご冥福をお祈りしています。

こんな暮らしぶり~その3

二つの台風が通り過ぎていきました。24号は「これから来るのか?」と構えている間に通り過ぎていました。思っていたよりも大きくなかったのかなと思っていたのだけど、ニュースを見てびっくり。大きな被害が出た地域もあるようです。影響はまだこれからの場所もあるようですし、くれぐれもご用心ください。

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●基地のこと

僕が育った埼玉県入間市は、自衛隊の基地のあるところでした。航空祭前には、体育の授業中なんかに校庭に出ると、ブルーインパルスがブンブン飛んでいました。また、今年3月まで住んでいた埼玉県狭山市のアパートは、自衛隊入間基地の滑走路沿いにあり、時には家に擦ってしまうのではないかという高さを自衛隊の飛行機が飛んでいました。

さらには、車を少し走らせると米軍の横田基地があり、夜に国道16号沿いのゲームセンターなんかに行こうものなら、日本ではないような雰囲気になっていました。国道を運転していた友人は、間違えて基地に右折侵入しそうになってしまい、「アメリカ兵がワーッと寄ってきたよ!国際問題になるところだった!!」と、飄々と話していました。テロが騒がれていた時期だったので、笑い話で済んでよかったの一言ですが…。

そんな所で生活していたので、飛行機の騒音や町並みの雰囲気に、ある程度は体感として予想はしていました。

けど、この様なことはあくまで問題の一部分であると、改めて感じます。

実際に沖縄に来て感じたことは、騒音や危険性の感じ方の大きさももちろんですが、何よりもはその圧迫感です。それは、基地の面積の広大さももちろんあるでしょう。国道58号を那覇市から北上していくと、ずっと基地に面して走っているような気分です。フェンスの向こうは元々誰の土地だったのか…。そこに自由に出入りできるのは、沖縄の人ではなく米兵だという現実が日常になっています。

ちょうどオスプレイの追加配備の時期にも重なったことや、映画『標的の村』が公開されたことなどもあり、情報の出方も多い時期だったのかもしれませんが、県内のニュースではかなり積極的に報じられています。知れば知るほど、理不尽さを感じます。なんだかんだと政治のやり取りがあるとニュースに流れても、その後の動きの強引さは、強烈な圧迫感となって、心の中の大事な何かをごっそり掻き毟っていくようです。押しつぶされそうな気持ちになります。

何よりも一番辛いのは、住民の反対行動と相対するのが沖縄県警だったりすることです。お互いに苦々しい表情。警察も「熱中症に気をつけてください」と気遣うことしかできないようで、汗だくになりながらその言葉を繰り返す。住民を分断することによる遂行というのは原発にも繋がるところですが、行き場のない気持ちだけが吹きだまっています。半年の暮らしでこうなのだから、ましてや沖縄の方々の気持ちというのは…と考えると言葉になりません。

これらの話は本当に一部分ですが、このようなことは埼玉で暮らしていた時には頭で考えるしかなかったことでした。今は次々に実感として突きつけられる毎日です。沖縄の基地の話は、他の地域とはやはり違う性質のものなのだと改めて感じます。

未来に何を残すのか。平和を残すためには何が必要だと子どもに伝えていくのか。すごくシンプルに考え伝えることが一番大事なのではないかと感じます。「現実的に」という言葉の下で現状を肯定してしまったら、状況の改善はなされないと強く思います。

 

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こんな暮らしぶり~その2

台風です。身の危険を感じるほどではありませんが、時折ものすごい雨風が窓をガタガタ言わせます。とても外に出られるような状況ではないので、家で大人しく何かしようと思ったのですが、窓がガタガタいう度にミーアキャットのように「来たか!」となってしまうので、集中力なし。そんなで、とりあえず何か食べることばかりしています。

さてさて、今日は沖縄の暮らしぶりの二回目。

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●風呂がない

「沖縄は暑いから、風呂に入らないサー」と言われていた通り、シャワーだけで風呂桶のない物件が多いです。それもそうかな…と思い、うちもシャワーしかありません。

沖縄は確かに暑いですが、習慣として湯船につかっていた人間とすると、やっぱり時には湯船につかりたくなります。たとえどんなに暑かろうと…。しばらくすると、お風呂のことで頭がいっぱいに。こうなると、銭湯に行くしかありません。調べると、沖縄の銭湯は1000円前後かそれ以上で料金は少し高め。ただ、タオルなどは全て貸してくれるところがほとんど。手ぶらで行けるようになっています。

とにかく行こう!と、自宅から一番近いお風呂に。タオルと館内着を借りて、ロッカーへ。お風呂はロッカーの下の階。不思議な造りだなぁと服を脱いで階段を降りていくと…、そこは館内着エリア!「みんなエクササイズみたいにしてるけど熱くないのかな?」と思っていた一番大きな浴槽が水風呂!!ものすごいカルチャーショックを受けて帰って来たのでした。

そんなこともない銭湯もあるのですが、バスタオルを持ってサウナに入る、顔にタオルを巻いてサウナに入る(←結構恐い絵…)姿はよく見かけます。けど、“バスタオル、二枚目は貸しません”といった内容の張り紙を見て「ん???」となったこともあるので、それぞれの場所のルールがあるようです。僕は、とにかく初めて行く銭湯では周りの様子を伺ってから服を脱ぐといった、何とも怪しげな人になっています。

ちなみに、今は景色も良く非常に快適なお風呂を見つけたので、早朝の値段の安い時間を狙って行っています。

IMG_2952そのお風呂入口の写真。ん?シーサーが3体?

 

IMG_2953いえいえ、ご主人のお出迎えでした。

 

 

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まだまだ、外は荒れ模様ですが、何事もなく過ぎ去ってくれることを願って、何か食べることにします。

 

台風23号

今、近づいているのは台風23号。その後にも24号が続いているとか。アパートの階段には、「台風に備えましょう」といったプリントが張り出されていました。網戸を外しておく、排水溝のゴミをとっておく…などなど結構細かく対策が書いてありました。関東の時に準備してあった非常グッズをそのまま持ってきてあるのですが、念のため、それに水などを買い足しておきました。

こちらに来てから、いろいろな方に沖縄ライフのアドバイスをもらっていますが、必ず台風の話も。窓が飛んだ、屋根が飛んだ、塀が飛んだ、車が飛んだ…。とにかく体験したことのない台風!という説明をしてもらうことが多いので、台風発生の度にドキドキしてしまうのです。今のところ大きな被害はなし。さて、今回はどんなでしょう…。

台風の話をしていると、なぜか思い出してしまうのは、『たけしくん、ハイ!』。台風が来るとなると、お父さんが興奮して酒を飲んじゃったりと、何だか大きなイベントのようになってしまうという話。当時の生活感というか、今に通じる雰囲気というか…。何だか肌で感じるような、感じないような…そんなエピソード。けっこう小さい頃に読んだ話なのに、生々しく思い出します。

それにしても、最近は内地の天候もだいぶ不安定のようで、かなりの被害もありますね。今までの教科書のような天気配置とは変わってきているようです。より良く生活するためには、自然に合わせて生活する。これが、新しい文化になっていくのかもしれませんね。

こんな暮らしぶり~その1

「それで、買い物とかどうしてるの?」
沖縄に引っ越したと話すと、よく聞く質問。はるか遠くに引っ越した…という印象から、全く違う暮らしぶりをしているのだろうと思っている人も多いのです。このブログは、どちらかというと今までお世話になった皆さんに多く読んでいただいているようなので、沖縄での暮らしぶり少しレポート。

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●いたって普通の食生活
「毎日ゴーヤーばっかり食べてるんでしょ?」とまで言われたこともありますが…。食生活はいたって普通です。関東での食生活と変わりません。沖縄料理はいつでも食べられるから、むしろあまり食べなくなったかな。

「全部、安いんでしょ?」と、またざっくりとした質問もされたことがあります。スーパーの品ぞろえは関東と変わりませんが、値段もそんなに変わりません。

ただ、安いものとして思いつくのは、お弁当を含めた外食の値段。特にお弁当なんかは、300円も払えば、おかずが5品以上、ご飯も山盛り。基本的に揚げ物が多いので、食べる量と相まって健康問題は出てきているようです。

外食も量が多く、何品かで間に合ってしまうのであまりお金がかかりません。夏休みに遊びに来た教え子は、定食を食べながらその量に悶絶していました…。ただ、観光地はやっぱりそれなりの値段ですね。

●生活の足は…
ご存知の方も多いと思いますが、沖縄には鉄道がありません。ゆいレールというモノレールもありますが、あくまで観光路線。生活の足とは少し違うかな…。

なので、車社会です。それはそれは自転車のように車を使っています(これも健康問題に関わっているとか)。

公共交通機関と言えば、バス、そしてタクシー!スーパーの外でタクシーが待ってるなぁと思っていると、買い物袋を持ったおばぁがタクシーへ乗り込んでいく、なんていう場面も珍しくありません。初乗りは480~500円くらいで、関東よりは乗りやすい値段。子どもも、みんなで割り勘してタクシーに乗ったりしていて、なんとも微笑ましかったり。

バスは、ものすごい数の路線がありますが、生活に合わせて使う路線番号だけ覚えておけば、そこまで迷わないかな。ずいぶんと年季の入ったバス車両も走っていて、それはそれはイスが跳ねます。この前なんて、おじぃが下車ボタンを押せないほど跳ねていました。なんでも、バスマニアの人にはたまらないクラシック車両も走っていると教えてもらったこともあります。電車が好きだった僕としては「ちょっと乗ってみたいな」と思ったり。見方を変えれば、楽しいもんです。

ちなみに、アップダウンが多いので自転車は大変かも。地元の人は、潮風でチェーンがやられる、日差しがつらい…などあまり乗らないようです。「自転車に乗ってるのは、ナイチャーかアメリカね」と言われたこともあるくらい。ちなみ僕は、猛烈な坂(階段みたいな角度)の途中にあるアパートに住んでいるので、自転車を買う予定はありません。そんなで、日に日にお腹が出てきています。

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何か大変な生活をしているんじゃないかと心配して下さっている皆さん、こんな風に元気に過ごしております。もちろん戸惑ったりすることがないわけではありませんが、何よりもは楽しく過ごそうとすることを大事に。同じものを見るのでも、見え方が全然違ってきますからね。まだまだ紹介したいこともあるので、次の機会に!

これからのこと(おおざっぱに…)

何よりもは自立した場所(集まり?)を作ること。
今は紹介できるような段階ではありませんが、ホームページのバナーを埋めていく作業、というのが一番近い説明だと思います。これは、社会の流れを勘案した作業でもあります。

それと並行して、不登校に関わる活動をしていくこと。スペースを持つということについては、活動の流れの中で自然と生まれてくるようにと考えています。こんな学びも楽しい!という具体的な場面が、「学校以外の場所でも学べる」とか「不登校とかは別に問題ではない」というメッセージにも繋がっていくことで、その流れを作れたら、と。

そのためにも、まずは自立した場所を…と、やっぱり戻ってくるのです。一歩ずつとは言わずに、できることはどんどん進めていきます。