どうして沖縄なのか

初めて沖縄を訪れたのは、まだゆいレールも工事中だった10年以上前。それから毎年のように足を運んできました。毎回帰京する時には「もうちょっといたいなぁ、また来たいなぁ」という気持ちにかられていました。

「旅行で来るのと、暮らすのは違うよ」とはよく耳にする言葉です。歴史を振り返ってみれば様々なことが出てきます。自分達をウチナーンチュと呼び、内地の人間をナイチャーと呼ぶ根底には、この歴史とは切っても切れない感情があることは当然です。そして、この歴史の連続上に今の沖縄の状況があることには間違いないのです。

琉球として独自に持っていた文化はどう扱われ、そしてそれを育んできた人達がどういう思いをしてきたのか。その思いは今はどうあるのか。負担軽減と言いながら、同じ様な歴史が繰り返されているのではないか。言いようもない気持ちになるニュースも珍しくない中、いつかはその歴史にもっと接近したいという気持ちが強くなっていました。もちろん豊かな自然なども惹きつけられる理由の一つですが、やはり、この歴史に接近する、いや、今現在も続いていることだからその歴史の中に身を置く、ということが沖縄に対して抱いていた一番大きな気持ちです。

なので、いつかは沖縄で暮らしてみたいという気持ちがなかったわけではありません。けど、前回のブログに記したような理由で、移住してくるなんてことは想像もしていませんでした。“自然”がきっかけになっているので、もしかしたら今自分がここにいることが10年以上前の初来沖の時に決まっていたのかなぁとふと思ったりもするのでした。

移住の判断

2011年3月11日。
ほとんどの人が何が起きた日か即答できるでしょう。
それからしばらく、それはそれは大混乱の日々でした。人生観を変えざるをえないような日々でした。それは、被災地でのボランティアで決定的なものとなりました。人間は自然にはかなわない、自然に生かされている存在であるということをまざまざと見せつけられました。

そして、原発事故。放射能に関しては情報が錯そうし、自分で勉強するしかないと片っ端から本を読み漁る日々。原発反対を訴えるデモ行動、その中での大飯原発の再稼働。そこで、子どもと一緒に過ごす仕事をしている身として、次のように考えました。

1.放射能は、やはり避けるべきだ。
2.今後、再び大きな災害が起こる可能性がある。その時、原発事故にも大きな影響が考えられる。
3.移住先に知り合いがいるかいないかは大きな違いになる。
4.避難という行動が、危険性を訴える一番のメッセージになる。

周囲の方々にいろいろと話を聞いていただいた上での今回の移住。もちろん目的もはっきりしています。このホームページの復活も、目的の一環です。

目指していること、大事にしていきたいこと

フリースクールというと、「不登校の生徒の通う場所、相談できる場所」という位置づけが主です。もちろん、“不登校問題”に向き合う一つの行動として設立されたフリースクールがほとんどなので、至極当然のことではあります。

いろいろなフリースクールがある中で、フリースクール・コーラルが目指していることは、学校以外の方法で学ぶことも可能ではないかということです。これは、学校以外の“場所”で学ぶということではなく、システムそのもののことを指します。

学校では、学習指導要領にのっとり、教える内容、達成度、ペースなどは決められています。もちろん、学校という空間の形、行事を含めた年間予定から日々の時間割、校則などなど…ありとあらゆることも決められています。自由に過ごすといっても、決められた枠の中でのことです。“個性教育”といっても、この枠の中のことなのです。

一度、この様な枠をまっさらにして、“学ぶ”ということを考えてみるとどうなるでしょうか。教科という枠ではおさまらない、教室という枠ではおさまらない、年齢という枠ではおさまらないもの…。それは、「どうして?」という気持ち、「もっと知りたい!」という気持ち、「もっと上手になりたい!」という気持ちとの出会いとして生まれてくる“学ぶ”行動だと思います。それぞれに生まれるこの様な学びこそ、個性を作っていくものだと考えます。学校に行くことない年齢になった大人ならば、この様な“学び”を実践している方も多いのではないでしょうか。

「小さい頃に我慢して勉強したから、大人になってそういうことができるようになるのだ」という意見もあると思います。ただ、この言葉の大前提には「学校の勉強は我慢してやるような内容」ということが見て取れます。しかし、例えば、計算にしろ本来「どうして?」の段階が存在します。それをおざなりにして、我慢してひたすらドリルを解く…なんてことを繰り返していたらそれはつまらないに違いないでしょう。それは、学びではなくて鍛錬です。そういうことも含めて、まっさらにしてみる、ということです。

冒頭では“不登校”という言葉を用いましたが、それは学校という前提の元に成り立つ言葉です。上記のように、私たちは、学校以前に“学び”ということ自体を大前提として考えます。“不登校”と言われる状態であっても、充実した時間を送れているのであれば、それに勝ることはないのです。「ぼくは、こういう方法で勉強したい!」という選択肢に、家庭を含めた学校以外の取り組みも普通に組み込まれていくようになれば、“不登校”という言葉も、それに伴う様々な悩みも不必要になっていくのでしょう。実際に、外国にはその様なところもたくさんあるのです。それで、社会の何かが成り立たなくなるか…というと、そんなことはないのです。

“学ぶ”ということを純粋に考える。そこで「楽しい!」という感情を育んでいく。フリースクール・コーラルでは、このことを一番大事にし、追求していきたいと考えています。

沖縄に来てから今日まで…

たくさんの方々に見送っていただいて、沖縄に越してきたのが今年4月。
しばらくは環境に慣れることを優先…と思っていたけれど、おかげさまでそんなに時間もかかりませんでした。

実際に何をしてきたんだ、という所では、、、

今夏には、不登校について考える集まりに呼んでいただき、沖縄の状況を含めたお話をたくさんしていただきました。その後も、お気遣いいただいている最中です。こちらから何かご協力できることがあれば…と思っていますが、お世話になりっ放しです。

実際にスペースを運営していらっしゃる方にもお邪魔させて頂きました。何度か訪問している中で、かわいいかわいいみんながビックリしたり喜んだりしている姿を見られることはやっぱり楽しい!こちらの皆さんにも本当に良くしていただいています。

また、7月には熊谷から教え子二人が来沖。少し駆け足の日程だったけれど、楽しい時間でした。
それにしても、数ヶ月見ないうちに大きくなっていたな…。次に会うのが楽しみです。今度はゆっくり来られるといいなぁ。

あとは、基地に関わるところをまわってみたり、かつての同僚や友人夫婦が訪ねてきてくれたり。半年くらいの間に、ちょくちょくいろいろなことがありました。

こちらに来る前は、ゼロからのスタート…と思っていましたが、今までたくさんの方々に支えて頂いてきたことが、今に繋がっていると改めて感じる毎日です。また、人生の節目節目でいつもご縁に助けられていて、僕は幸せ者だなぁと今までは遠かった海を見ながら感謝しています。

大事なことは、ペース作り。これまでは月に1~2日の休みでペースを考える時間もなかったけれど、今はあれこれする時間があるだけに軸を確認しながら進めていこうと思っています。

文章を書くことも徐々に慣れていこうと思っているので、しばらくはどんどん書いていく予定です。
読みづらいところはご勘弁くださいね。