明けましておめでとうございます

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明けましておめでとうございます。フリースクールコーラルの活動は、埼玉県から沖縄県への引っ越しを挟みつつ丸10年が経過し、昨年は土曜オープン教室という新しい活動にもチャレンジすることができました。これも日々応援して下さる皆様のおかげです。今後も子どもが自分らしく学んでいける場を目指して、一歩一歩ではありますが自分ができることを進めていきたいと思っています。今年もよろしくお願いいたします。

もうすぐクリスマス

「なんかこの時期はいいよね。」
「?」
「ほら、クリスマスの時期ってさ、お店に行くだけでも楽しい雰囲気になってるでしょ」
「楽しいっていうのかわからないけど、なんかわかる、それ」

クリスマスに浮かれられるような年齢ではないけれど、ぼんやりとそのフワフワした空気には浸かっているような。一年の中で何とも不思議な時期。

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いつからクリスマスの日に外出するようになったのかは覚えていないけれど、その最初は多分小学校中学年の時。すっかり暗くなった時間に帰宅すると、母が一人でケーキを焼いて待っていたのを絵としてはっきり覚えている。

クリスマスの記憶の一つだけれど、今日日娘を見るとなんだかしんみりと思い出す。

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小学校高学年から中学生までがいるコーラル。サンタはいるか?の話に盛り上がっています。

「サンタなんて絶対家の人なんだよ」
「いや、昔見たことある!足だけだけど…太かった!」
「それが家の人なんだよ!それはじぃじの足だよ!」
と、まぁなかなかのやり取りがあった後に、一番年下の子が

「けど、プレゼントはもらえた方が良いんだから、サンタはいることにしておいた方が良いんだよ」とクールな発言をして皆を黙らせていました。

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クリスマスのプレゼントをいつ買いに行くのか、いつも子どもと一緒にいる職場のお母さん方には悩みの種の様です。

そんな中、若い子に、
「いつまでサンタさん来ていたのか覚えてる?」と聞いてみると、
「うーん、覚えてないです」
「そうなんだよね。気が付いたら、何が欲しい?って当たり前のように聞かれるようになってたよね」

あんなに楽しみにいたのにいつの間にか自然と来なくなったサンタさん。ちょっとだけセンチメンタルになる気持ちが、自分をサンタクロースにしていくようです。

最近のこと

小学生の時、母に連れられて北海道を一周したことがあった。

最後に泊まった札幌で、ぼくがどうしても見たかったのがクラーク博士の像だった。北海道大学の構内を見物しながら「クラーク博士の像はどこにありますか?」と母が学生に聞いていたものの、「???」という反応でようやくたどり着いたのはキャンパス内にある胸像だったりして「これじゃない…」と。

「やっぱり近すぎると行かないものなのかな…。ほら、入間の市民会館にある誰かの銅像だって、住んでたらよくわからないもんね」と地元にある誰かの銅像を思い浮かべながら母は呟いていた。

(有名なクラーク博士像は全然違うところにあることが判明して、無事記念撮影をして帰ってきました)

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夜明け前にふと目が覚めてスマホを開いたら、首里城が火災にあっている映像が流れてた。その時点で既に手が付けられないような燃え方で、寝ぼけ眼にはあまりに強烈な映像だった。

職場に行けば、皆その話題で持ちきりだったけど、
「あぁ、行っておけばよかった…」という地元の人が一人二人じゃなくて、県外からの移住者同士で目を見合わせたり。県外出身者にとっては旅行で来ていた頃はもちろん、移住後も県外からお客さんが来ればとりあえず観に行ってみようと案内する場所だったから、一回も行ったのことないの!?と火事とは違った衝撃が。

けど、首里城からそう遠くないコーラルのお客さんも「行ったことないよ。元々違ったんだし(戦後はあの場所に琉球大学があった)」と言っていたので、ある年齢層の人からすると新しすぎてちょっと気恥ずかしいのかもと感じたなと思い出したりしました。

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再度復元するにも膨大な時間がかかるようだし、そもそもこれからどうするのかまだしっかりとは決まっていないので、同世代の人とは「うちらが生きている間にはもう見られないだろうね」なんて言っています。そんな中、募金箱をあちこちで見かけるようになっている反面、もう公園とかにしてもいいんじゃないという声も少なからず聞こえてきたりと、少し時間がたって熱が冷めていくのと同時にいろんな意見が出てきています。

何かをシンボルにして人々の意識を集めるということに対して個人的には慎重になってしまうのだけど、これに当てはまらない唯一のことと思っている“自然の存在”に近いものが首里城にはあるのかな。あの風景の中にあったと皆が一緒に姿かたちを思い浮かべられるということは、やっぱり再建したほうがいいんだろうと思っています。

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雑感

少し前に児童相談所から虐待と言われた父親(確か継父)の記事を読んだ。中でも、小学校3年生か4年生くらいの娘と一緒にお風呂に入ろうと追いかけまわしていたことを、児相から性的虐待と言われてショックを受けたという話があった。父親としてはコミュケーションの一つだと位置づけていたらしく、継父という立場からの精一杯の努力だったとのことだったような。

良かれと思ってやっていたことを性的虐待と言われたので、父親は文字通り“ショック”だったのだろう。ただ、子どもは本当に嫌がって逃げていたので、良かれと思ってでは済まされないのは当然。子どもの様子を感じ取れていないことからしても、その一方的な行動に弁明の余地はない。

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虐待をしていた親が良く口にするのが「躾だった」という言葉。ぼくはこの“躾”という言葉は漢字も含めてものすごく嫌いなのだけど、“躾”という言葉の下では、子どもに対しては多少の強引さは仕方がなく、それは子どものためなんですよという意識を共有している人の方がこの国では多いと思われる。

見方を変えると、“躾”という言葉がなかったらどうにも説明できない行動だとしか思えないというのがぼくの感覚で。躾と称してなされる大人の身の振る舞いが得てして美しくない理由は、この一方的な勘違いによる放漫さにあると思っている。

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最近寝起きで読んで、ぱっちり頭が起きたブログ。

相談者は読まないほうがいい回答 幡野広志の、なんで僕に聞くんだろう。 (https://cakes.mu/posts/27569)

その時は全文読めたのだけど、今は有料記事で途中までしか読めない様です。けど、無料で読める部分だけでも、相談職に就いたことのある人は頷いてしまうのではないだろうかという内容。

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電話相談をしていた時に、他の相談員の方も含めてよく口にしていたのは「子どもに対して、約束したとか、言質を取るようなことはやめた方がいい」ということだった。よく口にしていた…ということはこういう相談が頻繁にあったということでもあるのだけど、例えば習い事を最後まで続けると言ったとか、ゲームを買ってあげたら成績を上げると言ったとか、端から見れば“そうは言っても…”と思う内容も、当の親からは「子ども自身の口で約束したから」という一点で頭がいっぱいになってしまっているという場面は珍しくなかった。

親によっては、「約束を守れない子」「嘘つき」なんていう風に子どもを見るようになってしまい、さらに「この子をどうにかしないと」と悪循環に陥ってしまっていたり。ただ、よくよく話を聴いていくと、最初の段階で親が子どもに“約束”を言わせているのが透けて見えてしまうケースも珍しくなかったりする。

ようは「自分で約束した」「自分で選んだ」というためのアリバイ作りを親がしてしまっているということなのだけど、年齢が小さい頃はそれで進められるかもしれないことも、大きくなるにつれ必ずといいって言いほど上手くいかなくなり、いろいろな方向にこじれていく。それは、どんな理由付けをしようとも、親が子どもにさせたいことの責任を巧妙に子どもに追わせ続けてしまっていることには違いなく、目標完遂できなかったことについて言い逃れできない状況に置かされた子どもは、ただただ追い詰められていってしまうからだとしか思えなかった

今は有料記事になっている上記ブログの回答を読みながら、こんなことを思い返したのでした。

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ツイッターでのやり取りを興味深く追った。

今、本当にこの意思が必要なのだと思う。親の世代だけではなく、当事者である子どもたちにも。

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こんなブログを書いていた時に入ってきたニュースは、新しい大学入学共通テストで不利益を被る高校生が出てくるかもしれないという懸念に対して文部科学大臣が「自分の身の丈に合わせて」と発言したというものだった。この共通テストについては当初から本当にそんな試験できるの?と危惧する人はたくさんいたのだけど、直前の時期にこんな発言するとはもう本当に開いた口が塞がらないといった感じだった。

そんな中、こんな記事を読んだ。

筑駒生、大学入学共通テスト中止を訴える 「ぼくたちに入試を受けさせてください」

自分以外の立場の受験生にも目を向けながら理路整然と問題提起していて、それはもう感心させられっぱなしだった。数年前にセンター試験が変わるという情報が出た時、教育業界の中にも何の吟味もなくただただ“新しい情報”として無批判に対応を促している人も少なくなかったので、こういう優秀な若い世代がいることに胸がとても熱くなりました。

土曜オープン日の様子とあれこれ

大きな台風のニュースで頭がいっぱいでした。沖縄に来る前まで過ごしていた埼玉県の狭山市や入間市といった地名を検索しながら、馴染みのある川の様子を調べていました。

決壊した堤防や緩んだ土地の状況などが心配なのに、今後さらに悪天候が予想されるということで、“過去に経験したことのない”という形容が現実味を帯びてしまっているような。。今の状態で可能な対策というのも限られてしまうかもしれないけれど、とにかく被害が拡大しないことを願うばかりです。

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土曜オープン日の様子です。普段とは違って、「ここは二等辺三角形だから…」とかあれこれと口に出しながら考えている様子が微笑ましかったり。家で勉強するより集中できるそうで何よりです。

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コーラルでは板書をノートに写す…という作業を意識的に行っています。学習内容を穴埋め式のプリントにして授業を進め、子どもはそのプリントをノートに貼るという手法も珍しくないのだけど、板書が授業者の手を離れ子ども自身が真っ新なノートの上に学習内容を再構築させていく作業は、授業を改めて能動的に認識することに繋がっていくと考えています(この能動的に認識する作業の延長に様々な練習問題を位置づけています)。学習内容が、授業という時間の中から子ども自身の中に独り立ちしていくためには、一見遠回りに見えて最良のプロセスだと思っています。

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ノートを一から作るのが「めんどくさい」という気持ちも分かる。ほんとは板書を書くことも結構大変。だから「プリントの方が楽だよ」というのは子どもの声だけではなく、授業者としても一度プリントを作ってしまえばレールが完成した状態で授業を進められるという点も含めて同じです。

ただ、昔教わった先生の「勉強の最初を不精しちゃいけないよ」という言葉がいつも頭の片隅にあります。そして何を隠そう、今でもその先生のノートを中心に授業を進めているのです。

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上記のものは普段の数学や英語など教科の授業に関して。
コーラルではもう一つの授業の形として、この前はみんなでゲーム形式のものも。以前も行った都道府県カードゲーム。

47都道府県が書かれたカードを配り、真ん中にはお題カードを積みます。お題カードには「東」や「人口」、「平均年齢」といったお題が書いてあります。お題カードを一枚めくり、自分が持っている都道府県カードからお題に沿った一枚を選んだら場に伏せて出します。「せーの!」でオープンした都道府県カードの中で、お題のランキング最上位の人が場に出た都道府県カードを総取りするルール。(例えば、「東」のお題カードだったら、場に出たカードうち一番東の都道府県カードを出した人の勝ち)

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お題カードには「?」があって、これは自分の好きなお題を設定できます。
「じゃぁ、カキが多く取れるところ」
「カキ?木になるやつ?」
「違う、海の。貝のカキだよ」
「なんで!もう内陸の都道府県しか持ってないのに!」なんて大笑い!

「?」カードを引いたら引いたで手持ちの都道府県カードで勝てそうなお題(都道府県のイメージに沿って、外国人旅行客の数や森林の率が高いところなどなど)を出したいので、またまた頭を使います。それにしても、インターネットでその場で即座に検索できるって便利…。

「もう一回!」が何度も続いて盛り上がったね!!

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ラグビーワールドカップ、盛り上がりましたね。「あ、あの子だ」と大学時代を思い出す選手が次々出てきて応援にも熱が入ったり。それにしてもこれだけ帝京大学出身の選手が活躍しているのを見ると、帝京大学の岩出監督の功績は大きいなと思いました。

日本代表の試合は終わったけれど、残りの試合も楽しみです。

夏休みも終わって…

夏休みの宿題に追われていたみんな。社会科の課題で人口問題について書くことにしたということで、一緒に総務省のデータを見ながらあれやこれや。

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「ちょっと調べた」と“社会活動が低調になって…”との視点から。

また別の子は、介護や年金という言葉が出てきた後に、
「でも、保育園に入れない人もいるんでしょ?子ども少ないのになんで?」
疑問は続きます。

もうずいぶん前から少子化で大変だ大変だと言われているけど、そもそも子どもが減っている理由ってなんだろう?と考えてみました。(ただ、沖縄は子どもの数が多いので、そこは実感ないかもしれないのだけど…)

それにしても、総務省のデータは戦前から未来予測まで情報が入っていて、「え?これ、何??」とあっちにこっちに話が広がっていきました。

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「忘れ物したら卓球できないんだよ」
「ん?何の話?」

どうやら学校に卓球のセットがあって休み時間とかに遊んでいるらしいのだけど、忘れ物のペナルティでその卓球をやらせてもらえないルールがあるとのこと。うーん、何だか腑に落ちないナァと思っていると、他にも雑巾がけをやらされたりすると聞いて驚愕。

忘れ物の“指導”をするなら忘れ物について話さなければならないと思うのだけど(←根本的にバカバカしいことがよくわかる。忘れ物が良くないなんて分かっていることだから)、何か他の罰を与えることで“指導”とすることには疑問を持たざるを得なく、一言でいうと手抜きだとも思う。ぼくの記憶では学校から体罰を含めこういうことは排除していく流れだったと思うのだけど、最近別の小学校でもペナルティで雑巾がけをやらされるということを聞いて、何がどうなっているのか良くわからなくなってきました。

そもそも“指導”とかいう言葉があまり好きではないぼくですが、こういうやり方って大人になってから「あれって意味ないし、変だったよね」と振り返られるようなことだと思うのだけど今の先生はそういう経験ないのかな??

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映画『1987、ある闘いの真実』を観た。ぼくの記憶にもはっきり残っているソウルオリンピックの前年の話だと知って驚いた。

韓国の民主化運動を取り上げた映画というと、少し前に『タクシー運転手 約束は海を越えて』が話題になったけれど、それよりも良かったかも。

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みんなの夏休みも終わり、土曜オープン教室も再開しています。二学期からは隔週での開催となっています。見学などの際には、オープンしているかどうか事前にお問い合わせください。

夏休み

今年の4月から行っていた土曜オープン教室も8月は夏休みになります。なので、先週の土曜は、一学期最後のオープン教室でした。

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「学校の宿題が大変!」と説明してくれた内容は、なるほどなかなかのボリューム。。。けど、グループ学習のためにみんなで待ち合わせをして図書館に行ってきたなど、楽しそうな話も出てきています。

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通常の放課後教室は、夏休み期間仕様ながら開催中。毎回、プールに行ったとか自転車で遠くまで行ったとか、どんどん日焼けしていく顔で教えてくれます。

自分のことを思い出してみれば、朝から晩まで外で野球をしたり虫を捕まえたりしながら遊んでいた記憶しかなくて、お昼ご飯はどうしていたんだろう?と思うほど。自由課題も夏休み終盤に紙粘土で貯金箱をちゃちゃっと作る年が続いて、貯金箱の形がサイなのかゾウなのかの違いで済ませていたような。

そんな宿題なんて二の次で遊んでいたことを思い返しながらみんなの話を聞いていると、小麦色の顔もちょっと眩しく感じます。

夏休みっていいなぁ。。

英語の授業から

中学校で習う英文法の集大成である関係代名詞を勉強中。個人的にはこの単元を念頭にbe動詞から教え始めると言ってもいいくらいで、ここまで一通り理解できれば英文法の土台はある程度出来上がって、その後は自分自身で勉強をしていけると思っています。

あと一息!

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「これは曲の歌詞だから文にはなっていないけれど」
と紹介したのはアメリカのバンド、The Killers の『Land Of The Free』という曲の一節。

People who just want the same things we do

難しい単語もないので、勉強中の関係代名詞を追って和訳。

「で、この歌、何?」ということで、一緒にPVを観てみます。

アメリカのトランプ大統領が選挙中に国境に壁を作ると言っていたのは周知の事実だし、もちろんその上で大統領になったということも知っている。そして、このPVにもなっているキャラバンについても知っていて、

「あれ、違法に入ってこようとしてるんでしょ」ということまでも知っている。

そして、その後に出てくる言葉は
「でも、なんで??」

“違法”という言葉だけで判断しようとすれば答えは明快だし、実に単純なこと。ただ、この「なんで??」というところに事の本質があるとしたら、“違法だから”という言葉で済ませてしまうことは解決からは程遠くなってしまう。アメリカを目指した人達の背景にはどんな生活があったのか…まずはそのきっかけに接近する意思が第一歩。

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その後も、
「ほら、あの難民のこともあったでしょ?」というので、シリア難民のことを調べてみれば、満員の船で海を渡ろうとしている人たちの映像が出てくるし、国連のページを見れば「世界では2秒に一人が家を追われている(2017)」なんてデータが出てくる。

そうなってくると、みんなの世代は
「日本はどうしてるの?」
という疑問を持つ。日本の対応を調べたり、積極的に難民を受け入れている国ではどういう意見があるのかなどもお話。

“支援する”という言葉に対してそれこそ単純ではない状態になっているのがこの国の現状だけど、遠い国の会ったこともない人たちのことに、そこに国という媒体を経ながらも自分との関わりを見出そうとする若い世代に少し安堵したのでした。

あれこれ&土曜オープン教室を始めました

数年前にテレビに流れていたCMで、とても気になったのものがある。それは、沖縄県内の無料求人誌のCMで、土木作業員風の服装をしたチンピラ風貌の4人がその求人誌を手に取っていたところ、「字、読めるの?」みたいなことを言われるというような内容だった。

ブラックユーモアなどではなくただただ特定の社会層を馬鹿にした視点に思えて「こんなのクレームが来るんじゃないの?」と思っていたのだけど、予想とは正反対に気が付けばシリーズ化されていたのでした。

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沖縄に来て6年。誰も知らない土地での生活を始めてから、いろんな人とも知り合うことができたし、楽しく過ごすことができている。ただ、そんな中で気になったことの一つは社会層がはっきりと分かれていることで、それが世代を超えて受け継がれていること。少し前には県内でも子どもの貧困がクローズアップされ、子ども食堂の活動などが話題になったけれど、支援する側と支援される側がくっきりと分かれていて、個人的には上述の社会層の存在を強く感じるきっかけにもなってしまった。そして実際にいろんな世代の人と一緒に働く職場に身を置いて、若いうちから既に存在する個人の能力とは全く関係のない部分での格差を肌で感じたのでした。

この様なことは沖縄に限った話ではないとは思う。そして、もちろん支援活動の意義自体を否定するつもりはない。けど、活動の中身・質によってはその社会層をさらに固定しかねないという気もしている。支援活動をする家庭(支援活動を行うだけの余裕がある家庭と言ってもいい)の子はそれを受け継ぎ、それを利用する家庭の子は…といったように。

例えば、無料で子どもを集めて学習指導をしている場所がある。けど、その学習指導の内容が漢字練習と計算が主だったりする。漢字練習と計算ももちろん必要だとは思うけど、それを学習の中心に設定してしまうことには疑問が残る。それこそ、「字、読めるの?」に類似した根強い“何か”を感じ取ってしまうのはぼくだけなんだろうか。

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「将来の夢、何かある?」
医者、コック、はたまたお金持ちにお父さん…。

「けど、ダメって言われたら?」
「ダメって、なんで?」
「なんでって、ダメって決まってるから」
「何それ!」

「自分の仕事を選ぼうと思っても選べなかった時代もあったんだよ」
昔、職業選択の自由に世襲や差別の話を絡めた授業をしたときの子どもの反応は、“信じられない!”そのものだった。

けど、本人の意思ではなく様々な条件で勉強することから遠ざかる子どもが少なくない今日、あの授業での“信じられない!”と思えた子どもの感性は長い歴史が産んだ尊いものなんだと大人が再確認しなければいけなくなってしまっているような気もする。

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コーラルでは、この4月から“土曜オープン教室”を始めています。毎週土曜日10時から13時まで、一回千円の参加費を集めて行っています。

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放課後教室のような完全なる個別指導とはいかないのだけど、普段行っているコーラルの授業をベースにした学習対応をしています。まだ始めて間もないので、時間・メンバー・スペース等あらゆることの配分も含めて試行錯誤の段階です。今はそれぞれの勉強をしていますが、そのうちみんなの希望をとって、ものつくりや実験、料理なんかもできたらいいなと。まぁ本来はお休みの週末土曜なので、緩やかなオープン日にしたいと思っています。

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それにしても、みんなが集まってそれぞれに勉強している姿が、この場所を借りたときに“こうなったらいいな”と想像していた風景に少し重なって見えました。ゆっくりみんなで育てていく、そんなオープン教室にしていきたいなと。

正負の数の続き

数学は正負の数の乗除へ。

気球が同じ速度で上下する状況を想定。上っている時の〇秒後・〇秒前、下りている時の〇秒後・〇秒前の位置をそれぞれ一緒に考えてみます。

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今いる位置と比べて上にいるのか、下にいるのか…。
「あ、上。プラスの位置」と、符号の変化を気球の変化になぞらえて。
数字ではなくて、絵を見ながら考えた数学でした。

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映画『誰も知らない』を観た。実際にあった子どもの置き去り事件をモチーフにしているということで、確かにどこかで聞いたような場面がいくつも出てきた。多くの人にとっては普段の生活でなかなか関わることのない世界かもしれないけれど、例えばこの映画でも大きなキーになっている無戸籍の子どもの存在というのは今でも大きな問題になっていて、近所にその様な子どもがいる可能性は否定できない。

児相で働き始めた時には「事実は小説より奇なり、だよ」ということを、心しておくようにというニュアンスでちょくちょく言われた。実際にはそういうケースはそう頻繁にあるわけではないのだけど、一方「そこまでというわけではないけれど…」と似たような状況を思い起こさせるケースは想像をはるかに超えるほどあった。もちろんそれぞれの状況下にある子ども一人一人にとっては、程度の問題ではないことには違いない。

映画の中で母親が子どもに向かって「お母さんは幸せになっちゃいけないの?」と言い放つシーンでこんなことを思い出したのでした。